着実に反響を呼ぶ一方、前提として「NHK MUSIC」YouTubeチャンネルでのコンテンツ制作への協力を出演者サイドから理解を得ることは必須だ。開設準備段階から現在に至るまで、出演者サイドに許諾を得る作業を丁寧に行ってきたことで、「理解が得やすくなっている」という。

「NHKとしては初の試みということもあり、当初は理解を得るハードルは高いと思っていました。ところが、思った以上に協力的です。出演者サイドでSNSを使ったプロモーションが浸透していることも大きいのかもしれません。一緒に盛り上げましょうと、ありがたいことに理解を深めてもらっています」

協力体制まで整う中、コンテンツの幅を広げることも試みる。放送時間の兼ね合いで本編に入りきらなかった映像をYouTube上で展開するというのだ。本編を見ていない人たちが、この動画をきっかけにNHKの番組に興味をもち、本編も合わせて見てくれるよう視聴を促すことが狙いだという。羽村氏がプロデューサーを務めた『NHKスペシャル「世界に響く歌~日韓POPS新時代~」』のコンテンツ(2月27日公開)がその一つだ。

番組では、日本のテレビメディア初の独占インタビューが行われた。話を聞いた人物とは、韓国で今、注目されるプロデューサーのひとり、ミン・ヒジンである。NewJeansの生みの親であるミン・ヒジンが明かしたグループ誕生の舞台裏やプロデュース術を、放送の時間の都合でカットした部分も含めて再編集して公開した。英語字幕も作成し、視聴できるユーザーを国内外に広げた。

  • ミン・ヒジン インタビューより (C)NHK

NHKのコンテンツ力を知ってもらうチャンスにも

この試みにはこんな思いがある。

「NHKはひとつひとつの取材に丁寧に力を注いでいます。取材、ロケ、編集、放送に至るまで、すごく頑張るんですよ。ただ、インタビューの中に貴重な証言がたくさんあっても、本編に収めることができないとき、もったいないと思うことが正直、多いです。もちろん放送する番組は最高品質のものとして作っていますが、YouTubeを上手に活用することによって、NHKのコンテンツ力を知ってもらうチャンスにもなるのではと感じています」

そもそも、表も裏も見せ、デジタルをフル活用してタッチポイントを作る考えはK-POPのやり方でもあり、この手法によって実際、世界で成功したのだから説得力も増している。「NHK MUSIC」YouTubeチャンネルの場合、公共放送の事業として様々な制約があるものの、必死に模索している姿が見えてくる。その根底には、J-POP、歌謡曲、演歌、クラシックに至るまで、幅広く日本の音楽を記録し続けてきた自負があるからだろう。

「NHK MUSIC」は日本の音楽カタログのような印象まで持たせるが、「日本で今、流行っている音楽が分かる“ガイドブック”のような存在を目指している」という。ただし、乾いた情報だけではないことは、羽村氏が語る言葉から伝わってくる。

「音楽の持つ役割は以前よりも高まっているのではないでしょうか。価値観の違うもの同士を結び付けるなど、様々な壁を越える力を音楽は持っています。だから、音楽っていい。そう強く思いながら、続けています」

●羽村玄
1984年生まれ、埼玉県入間市出身。早稲田大学卒業後、06年に日本放送協会入局。初任地の金沢放送局で報道、自然、美術など様々なジャンルの番組を制作。その後、『ブラタモリ』、『浦沢直樹の漫勉』、『#乳がんダイアリー 矢方美紀』(2019グッドデザイン賞)、「常田大希 破壊と構築」、『NHKスペシャル「世界に響く歌 ~日韓 POPS 新時代~」』などを手がける。現在は「NHK MUSIC」YouTubeチャンネル編集長をはじめとしたデジタル部門や、『SONGS』の制作統括を担当。『NHK紅白歌合戦』では、2年連続でデジタル統括を担当する。