長丁場の中継で意識するのは、“メリハリ”。「2日間で14時間の生中継をずっとご覧になっている方もいますから、アナウンサーは常に一本調子にならず、抑えるところは抑えて、上げるところは上げてと抑揚をつけた実況になっています。画もアップのショットばかり撮らず、時には全体の広い画や、きれいな景色を見せるということもしています」と明かす。

さらに、「レースが動く部分はしっかり伝えるというのを考えて、CMを入れるタイミングを計算しています。抜く瞬間は近づいて脚が絡んで転倒するかもしれないから、必ず全身で見せる。そんなことはほとんど起こらないのですが、口酸っぱく言っています」と共有しているそうだ。

時には、脱水症状や肉離れなどで歩くことになってしまうランナーも。レースの上位争いを伝えなければならない中で、再び走り出せるのか、途中棄権することになるのか…と多くの視聴者が固唾をのんで注目するシーンだが、「どの程度、どのように撮るべきかというのは、毎回悩みますし、正解もないです」と、制作側として非常に難しい判断が求められる。

近年は、そうした選手をことさら取り上げることで“見世物”にしているという批判も予想されるだけに、「アナウンサーはなるべくセンセーショナルではなく、落ち着いて伝える。我々も深追いすることなく、逃すことなく、逐一お伝えするという姿勢です。たすきが途切れる瞬間は、そのチームにとってレースが終わる瞬間ですので、中継するほうも本当につらいです。繰り上げスタートも同様で、最低限伝えるということを意識しています」と語った。

  • 「花の2区」で肉離れにより棄権となった法政大学のキャプテン・徳本一善=2002年(第78回大会)

  • 低血糖症で棄権となった城西大学・石田亮=2009年(第85回大会)

脳裏に焼き付く“山の神”の接近「行かせます!」

最初はディレクターとして、2006年から『箱根駅伝』の中継に携わる望月氏。まず担当したのは、箱根の山を走る選手たちを俯瞰(ふかん)で撮ることができる「駒ヶ岳」のポイントだ。山の上の美しい景色から疾走する選手たちにズームインするカットを狙っていたが、「その日は雪で雲がかかって全くコースが見えてなくて(笑)」と断念。それでも、「雪の景色は逆においしいと思って、観光で来ている方が作った雪だるまを撮ったりしたんです。きれいな映像を挟んで彩りを添えることで、“箱根駅伝らしさ”にもなるんだと思いました」と実感した。

ちなみに駒ヶ岳は、移動中継車からの電波を拾う地点にもなっていて、技術スタッフが中継車の走る方向に手持ちのアンテナを向けるという職人技の作業を行っていたが、箱根山噴火などの影響で、現在は別の地点に移されている。

その後も中継に携わる中で、特に印象に残る選手は、“山の神”柏原竜二(東洋大学)だ。「小田原中継所でたすきが渡っても、前の中継車から“まだ来ませんよね”と構えていると、奥の方から柏原さんの姿がどんどん大きくなってくる光景を今でも覚えています。2号車のときは、その姿が大きくなったと思ったら、すぐ追い抜かれてあっという間でした」と振り返る。

  • “山の神”東洋大学の柏原竜二

このように選手が中継車を追い越すために避けるタイミングは、ディレクターが決める。基本的に、中継車がセンターラインに寄って走路を確保するのだが、カーブで道幅が広がる箇所や、歩道側にスペースができるポイントを狙って運転手に指示し、インカム(スタッフ間の音声連絡)では「行かせます!」と前の1号車に伝えて、すぐに追いかける選手の姿を捉えられるようにするのだ。

インカムは、十数人が装着しているため、複数のディレクターが同時にしゃべりだす瞬間も多々あるそうで、「そこは流れを見て“柏原、見えてきたよ!”、“もう抜くよ!”と伝えなければいけません。その上、CMを入れるタイミングもありますので」と、ディレクターの腕が試される場面になっている。