世界中から収集した貴重なアーカイブ映像をもとに、人類の歴史に秘められた連鎖の物語を描き出す『映像の世紀バタフライエフェクト』(NHK総合、毎週月曜22:00~)。昨年4月にスタートすると、同年末に菊池寛賞、今年もギャラクシー賞テレビ部門特別賞を受賞するなど、放送業界内外で高い評価を得ており、放送されるたびにX(Twitter)のトレンドに関連ワードが入る人気番組となっている。

『映像の世紀』第1シリーズがスタートして28年が経った今も、なぜ人々の心をつかむのか。その背景には、通常のテレビ番組から大きく角度を変えた編集方針で、視聴者と築き上げてきた信頼関係があるようだ。制作統括のNHK久保健一チーフ・プロデューサーに話を聞いた――。

  • 『映像の世紀バタフライエフェクト』 (C)NHK

    『映像の世紀バタフライエフェクト』 (C)NHK

■きっかけは新大久保駅の韓国人留学生事故

最初に『映像の世紀』シリーズが始まったのは1995年で、11本を制作。当時は海外アーカイブに直接足を運んで、欲しい映像をピックアップし、フィルムからVTRにコピーして航空便や船便で送るという苦労があったが、その後、2015年から第2シリーズとなる『新・映像の世紀』6本を制作する頃には、インターネットで検索し、データで取り寄せることが可能に。これにより、さらに膨大な映像資産が使えることになったことから、16年より第3シリーズ『映像の世紀プレミアム』が21本制作された。

その一方で、『新・映像の世紀』から制作に携わる寺園慎一チーフ・プロデューサーには、かねて温めていた企画があった。2001年、東京・JR新大久保駅で線路に落ちた人を助けようとした韓国人留学生が、侵入してきた電車にはねられ亡くなった。そのちょうど6年後、上野駅で同じような状況になった際、あの韓国人留学生の母親の書いた本を読んでいた人が、冷静に判断して無事救出することができた。このエピソードから着想した“つながりの奇跡”、“勇気が連鎖する”ということを描く番組だ。

具体的な企画として落とし込むことに苦心していたが、あるとき、そのアイデアと『映像の世紀』を組み合わせることを発案し、同時に「バタフライエフェクト」という言葉も浮かんだという。

この転落事故の勇気の連鎖のエピソードは、『映像の世紀バタフライエフェクト』で今年1月16日に放送された『危険の中の勇気』で取り上げられている。

  • 『危険の中の勇気』 (C)NHK

■事象の原因を100年単位で俯瞰する

これまで戦争に政治、人権問題、感染症、スポーツ、さらにはビートルズに至るまで、様々な事象に焦点を当ててきた。このテーマ設定は「一言で言ったら“直感”です。その中で、やはり『僕らは今、何が見たいのか』というところになりますね」(久保CP、以下同)。そして、現在も続く「ウクライナ侵攻」には、大きく影響を受けているという。

「昨年番組を立ち上げていたさなかに、ロシアのウクライナ侵攻が始まったのは、ものすごく重大な契機でした。なぜこんなことが起きるのか? なぜ止められないのか? 行方はどうなるのか? 歴史を振り返る視線が、教養や興味という以上に、今を知りたいという切実な欲求に満ちたものになりました。当初、番組タイトルでのナレーションは、『1人のささやかな営みが、時に世界を動かすことがある』というのが多かったんですが、いつのまにか『私たちはなぜ、こんな世界に住んでいるのか』と語ることが増えました。

 21世紀の今、僕らの目の前でこんなあからさまに大規模な侵攻が行われるなんて想像もしなかったという思いがあるじゃないですか。その原因は、5年スケールや10年スケールでも説明されます。でもその時間軸をぐっと引き延ばして、100年単位で俯瞰(ふかん)して見ることもできる。それが『映像の世紀バタフライエフェクト』の捉え方です。そうすると、ヒトラーとスターリンが戦った独ソ戦で、ドイツ軍に包囲され、100万人が餓死したレニングラードでプーチン大統領が生まれたという事実が、重い意味を持って浮かび上がってくる。餓死寸前で九死に一生を得た母親の思い出を語るプーチン大統領の言葉は強烈です。僕らは歴史を解釈しようとは思いません。ただ、事実を並べることで、歴史にはこういう不思議なつながりがあることを提示できるんですよね」