2022年の年末、1つの番組が深夜のSNSをザワつかせた。「麒麟・川島明の1日に密着したVTRを見る」と説明されたが、本人が「密着された覚えはない」と否定。そんな異常事態で流れた映像には、川島の顔をした人物が街の公園で巨大跳び箱に挑んだり、なじみの店で大暴れしたりと、衝撃的な姿があった…。
その番組は、AIで顔を入れ替える技術「ディープフェイク」を使って別人物の行動を川島がしているように見せることで、ウソドキュメンタリーに仕立て上げた『カワシマの穴』(Huluで配信中)。絶妙な違和感が全編にわたる中、細かなネタを随所にはさみ込み、川島本人の最適なツッコミが次々にヒットしていくことで、目が離せない面白さを作り出し、業界内外で大きな話題となった。
企画したのは、日テレ入社7年目の南斉岬ディレクター。4月2日(23:00~)に第2弾の放送が決まった中で、このカオスな番組の制作の裏側や、テレビの魅力、今後の展望など話を聞いた――。
■「まさかあそこが拾われると思わなかった」
「ディープフェイク」から着想したというこの番組。「最近見たものだと、“ひろゆきとホリエモンが格闘技で戦ってる”というなんてことない1分半くらいの動画なんですけど、それがずっと面白かったんです。それと、僕は映画が好きで、『マルコヴィッチの穴』(※)という作品を思い出して、そこの掛け算で何かできないかというところから思いつきました」(南斉D、以下同)という。
(※)…映画俳優ジョン・マルコヴィッチの頭の中につながり、誰もが15分間マルコヴィッチになることができるという“穴”をめぐるストーリー。
川島を“密着対象”にしたのは、「今一番忙しい方なので、“忙しすぎて自分のやったロケを覚えていない”という設定を最初に考えた」という発想から。VTRを見た川島の受けコメントやツッコミは、「制作側が気づいてほしいところにすぐ気づいていただけるんです。ずっと画の違和感がある番組なので、そこにも敏感にツッコんでいただきました」と、高い技術を見せた。
特に感服したのは、ケイン・コスギのポスターを睨みつけた理由(=中の人が『スポーツマンNo.1決定戦』のライバル・池谷直樹)や、鉄棒で懸垂するたびにハトのインサート映像が挟み込まれる理由(=顔がかぶるとディープフェイクが乱れる)をすぐに当てた瞬発力。さらに、15段の跳び箱に成功した後のガッツポーズの違いから、何テイクも撮っていたのを指摘したことには、「まさかあそこが拾われると思わなかったです」と驚かされた。
■ロケ前には考えていなかった「ハトのインサート」
ディープフェイクは人の目・鼻・口を認識して処理されるため、もともと顔に何かかぶったり、食べたり飲んだりしているシーンは、別の映像カットを挟み込んだり、背後からの画に切り替えたりすることを想定していた。しかし、懸垂で鉄棒が顔にかぶってしまうことはロケ現場で気づいたため、その後の編集の段階でハトのインサートを差し込むことを発案し、川島の瞬時のツッコミも相まって、「この番組でしか見られない画や笑いが成功したなと思いました」と手応えをつかんだ。
そんな川島とともに重要な役割を担ったのが、一緒に密着VTRを見る向井慧(パンサー)と峯岸みなみ。川島がどんなに“ウソ密着”であることを訴えても、真のドキュメンタリーと信じる姿勢を徹底し、番組のバランスを保っていた。
そこの感度も抜群だったそうで、「おふたりとは30秒くらいで終わるような打ち合わせをしただけだったんですけど、VTRが始まって最初に川島さんが出てくるところで、すぐに“こういうことか”と気づいてくれました。うまく制作側に乗っかる方向でいろいろ展開してくれて、面白くしていただきました」と感謝する。
ネタを考えていく会議は、「川島さんの勝手なイメージを一からお話づくりできるので、本当に自由に話して楽しくやっていました(笑)」とのこと。ニセ川島の人選は、川島に“運動神経悪い芸人”のイメージがあるところで、「ムキムキでめちゃくちゃ運動神経良かったら面白いんじゃないか」という視点から、池谷直樹をキャスティング。ハリウッドザコシショウは、「川島さんが朝の顔で常識人というイメージがフリになって、そういう人が最後にめちゃくちゃやるのがいい」とオファーした。