そんなスタッフたちによって数々の名作を制作してきたが、テレビ業界に衝撃が走ったのが、第12弾『さよならテレビ』(18年9月2日放送、20年1月2日劇場公開)だ。
テレビの現場で何が起きているのかを探るため、自社の報道部にカメラを入れて取材するという前代未聞の作品で、取材中はもちろん、放送から劇場公開の間にも社内で議論が起き、「1年半以上、映画化は寝かさざるを得なかった」という。だが、現場の生の姿を赤裸々に公開した内容に業界内外から大きな反響があがり、番組を録画したDVDが、東海エリアで見られなかった全国のテレビマンたちの間に出回った。
そうした中、昨年10月クールにカンテレが、えん罪事件を巡るテレビ局の報道現場の苦闘を描いた連続ドラマ『エルピス ―希望、あるいは災い―』を制作し、フジテレビ系列で全国放送された。ドキュメンタリーとドラマという手法の違いこそあれ、“テレビの暗部に切り込む”というテーマで共通しているが、阿武野氏はどんな思いで見ていたのか。
「与太者のようなプロデューサーが、実は怒りを持って報道を見ていたんだとか、セリフそのものが突き刺さってきて、あれは衝撃的でしたね。最終回は何回も見て、毎回違う気持ちが湧き上がってきて、何の涙か分からないけれども、泣いてしまうんですよ。『ちきしょー! テレビってなあ、報道ってなあ…』って言いたくなるんだけど、自分の中でまだまとめきれないような気持ちの中にいます。同業者に会うと、みんな『見た? 見た?』って言うんだけど、感想のような感想じゃないような会話が続いて、このことについてちゃんと整理して自分の考えをしゃべった人に、今まで会ったことがありません。『エルピス』がぶっ刺したナイフの傷が、私の最深部に達している、感じですね」
一方で、ドラマ制作の現場から報道に対する“期待”とも受け取ったという。
「やっぱり蘇ってほしいというか、原点に戻ってほしいというか、ちゃんとジャーナリズムをやってくれよと言われているような気がします。テレビを扱ったドラマは、今までにいくつも見ましたが、初めて本物を見たような気がします。テレビ局が伝えるメディアリテラシーなんて綺麗事ばっかりだったし、ドラマも華やかな世界という一面を描いて、幻想を振り撒くばかりだったのが、『エルピス』はテレビマンをある意味で、まる裸にして見せましたよね。テレビドラマの表現でも、『さよならテレビ』が始まったというか…。ん~ごめんなさい。『エルピス』の傷が深くて、まだ、何ともまとまりません…」
●阿武野勝彦
1959年生まれ。同志社大学文学部卒業後、81年東海テレビ放送に入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。ディレクター作品に『村と戦争』(95・放送文化基金賞)、『約束~日本一のダムが奪うもの~』(07・地方の時代映像祭グランプリ)など。プロデュース作品に『とうちゃんはエジソン』(03・ギャラクシー大賞)、『裁判長のお弁当』(07・同大賞)、『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。劇場公開作は『平成ジレンマ』(10)、『死刑弁護人』(12)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12)、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(13)、『神宮希林』(14)、『ヤクザと憲法』(15)、『人生フルーツ』(16)、『眠る村』(18)、『さよならテレビ』(19)、『おかえり ただいま』(20)でプロデューサー、『青空どろぼう』(10)、『長良川ド根性』(12)で共同監督。鹿児島テレビの『テレビで会えない芸人』(21)では局を越えてプロデュース。個人賞に日本記者クラブ賞(09)、芸術選奨文部科学大臣賞(12)、放送文化基金賞(16)など。「東海テレビドキュメンタリー劇場」として菊池寛賞(18)を受賞。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21・平凡社新書)。