「メタバースって何?」という議論は今年も続きそうです。場合によっては、そこからWeb3の要素を包含するWeb 3.0と呼べるような新たなニーズが広がるかもしれません。そこで昨年話題になった2つの記事を紹介します。

1つは、Fast Companyの「マーク・ザッカバーグはすでに彼のメタバースを破滅させたかもしれないが、ニール・スティーヴンスンのビジョンは生き生きとしている」です。

「メタバース」という言葉は、SF作家ニール・スティーヴンスン氏の「スノウ・クラッシュ」に登場するネット上の仮想空間をルーツとしています。そのスティーヴンスン氏にインタビューした内容を伝える記事ですが、その中でスティーヴンスン氏は同氏のビジョンとしてのメタバースはすでに進展しているとしています。原初的な形のメタバースは何十年も前に実現しており、「World of Warcraft」「Red Dead Redemption」「Fortnite」など様々に洗練され、経済を構築しながらその忠実度を高めてきました。ただし、それらはまだ切り離されていて、私たちがデジタルの自分自身や資産をプラットフォーム間で維持する方法がないことが今後の課題だとしています。

今メタバースについて一般的にはVRゴーグルのようなデバイスを使ってアクセスするものというイメージが定着していますが、そうしたデバイスは必ずしも必要ではないと述べています。30年前は人々が3DCGの世界を体験するためにそうしたデバイスと複雑なインターフェイスが必要だと思ったものの、今は逆に「ほとんどの人がそれらを使わずにアクセスする」と考えているそうです。今のVRヘッドセットはエンスージアスト(熱狂的な支持者)の関心を集めても、一般の人達にとってゴーグルをかぶるのは不自然であり、「何十億の人が受け入るのを拒む障壁になるでしょう」と指摘。ゲーム機やスマートフォンのような人々が受け入れられやすい体験にニーズがあるとしています。私達をメタバースに引き込むのは「物理的な没入感」より「ストーリー」であるとも指摘しており、「テレビがクールかどうか議論している人は見かけません。クールな番組があればクールなのです」と述べています。

  • 2022年のSXSW(3月11日~20日)はリアルとXR(クロスリアリティ)で同時開催、Lamina1を共同設立して自身もメタバースの実現に関わり始めたニール・スティーヴンスン氏がキーノートに登壇しました

もう1つの記事は、20年前にWeb 2.0という言葉を広めたティム・オライリー氏が昨年8月に公開した「メタバースは場所ではない」です。メタバースを相互に接続された仮想の場所の集合ではなく、コミュニケーション・メディアと見なすべきだとしています。ネットワーク化されたメディアを横断するある種の共有スペースと共有体験を含み、ビデオ会議システム「mmhmm」の体験などを例に、「(メタバースは)VRで何かをすることに限られないし、メタバースはVRを必要とすらしていません」としています。

さらに、MetaやAppleといったビッグプロバイダーによる勝者総取りの争いの末にバルカン化したメタバースが構築されるのには長い時間がかかると指摘。コミュニケーション・メディアだからこそ相互運用性が重要であり、「壁に囲まれた庭を置き換える試みではなく、インターネットの延長(ネットワークのネットワーク)にある方がはるかに望ましいことです」と述べています。

  • O'Reilly Mediaの創業者であり、「オープンソース」や「Web 2.0」という言葉を広めてテック産業の成長に貢献してきたティム・オライリー氏

景気の悪化によって誰もが回復と成長を意識するようになる2023年は、チャンスを多くに広げる分散型(非中心)の議論が広がりそうです。5Gや新世代のWi-Fiの普及も着々と進行しており、インターネットはモバイルWeb以来の変化の時期を迎えているといえます。

ただ、過去を振り返ると、インターネット1.0を支えた理想とは異なり、Web 2.0からモバイルとSNSの時代になって、インターネットは経済力を分散させるのではなくむしろ集中させることが明らかになりました。研究者やWeb推進論者、技術者が分散型を推進しても、一般ユーザーに普及させる段階で快適に使えないなどユーザーの必要性を満たせないことが多く、その過程で中央集権的なサービスが受け入れられてきました。とすると、Fediverse、生成AI、メタバースや空間コンピューティングでも同様の歴史が繰り返される可能性は否めません。

それはどちらが良い悪いということではありません。力の集中の負の影響が露わになったからこそ分散型の重要性の議論が広まり、人々の関心がWeb 3.0のような次世代のソリューションに向かうことで、噂されるAppleのAR/VRデバイスのような新市場開拓に挑む製品やサービスの価値が伝わりやすくなります。どちらに進むかではなく、偏りを修正しながら次代を築くサイクルが回り続けていることが私達にとって重要であり、私達は今サイクルの変わり目の局面を迎えようとしてます。