木月:実はライブは、2014年からやってるんですよ。鶯谷で。
久保:“だに”、良かったなあ。
木月:ここでやったのが下地になって、「a-nation」でやったり、アルタでやったりして、今のライブに生きてるんですよね。
能町:この間実家に帰ったら、「a-nation」のバッグをうちの親が持ってて、よくこんなの残してるなと思いましたよ。
久保:アルタでやれたのは本当に良かったですよね。
木月:アルタのスタジオを1回閉めるときに、アルタ側から何かやってもらえないかってお願いがきて。せっかくなのでアルタから生まれた番組『久保みねヒャダ』のライブを、アルタの技術スタッフ陣で最後にやらせていただいたんです。『いいとも』を32年やってくださって最終回にも出てた斉藤カメラマンも、『久保みねヒャダ』のこのライブを最後に引退されました。そのアルタと言えば、原辰徳タオルですよ(笑)
(一同笑い)
能町:なぜか原辰徳タオルを持ってた人がいたんですよ。
久保:最高のセレクトだったよね。
ヒャダイン:あと、エンディングで岡村(靖幸)ちゃんのそっくりさんが泣くっていう(笑)
久保:でも、何か分かるんですよね。アルタでああいうことができるということで、気持ちでいっぱいになるっていうのが。
ヒャダイン:得も言われぬグルーヴ感が出てましたよね。
木月:もうこの感じの画はアルタでないと二度と作れないですからね。この天井低い感じの密着感ある画。
ヒャダイン:「a-nation」の会場でやった小室(哲哉)さんが来てくれた回とか、実はあんまり覚えてないんですよね。
木月:最初に「Feel Like dance」を歌って出てきてもらったんですよ。3,000人の前で、小室さんとマーク・パンサーさんが出てきて、KEIKOさんのところを久保さんと能町さんが歌って。
能町:とんでもないことしてますね。
久保:3人でダンス踊ったよね。これを経験してるから、「私、でかいハコでライブやったことあるんだ」って言える。
能町:このとき「すき間ソング」も作ったんですけど、小室さんにお尻があって早く帰らなきゃいけないってなってて、作詞の最後がとんでもない英語で終わったんですよね。
ヒャダイン:ひどい和製英語で終わったんです(笑)
木月:「I want sleep」です。
久保:「to」がない(笑)
■観覧客との化学反応、自宅リモートの苦難
――ライブになって、お客さんの前でやるのはいかがですか?
久保:楽しいですよね。歌作るときにアイデアを言ってもらえたたりしますし。私が一番それを一番感じたのは、池袋の歌を作ったときに、「君」に置きかわる何かフリッパーズっぽい言葉ないかなって言ったら、お客さんから「子猫ちゃん!」って来て「それだー!」って(笑)
ヒャダイン:お客さんとのそういう化学反応はありますよね。
能町:あと、バンドのジャケ写っぽい写真を撮りたいときに、お客さんからドラマーっぽい顔の人をスカウトしたこともありました。
ヒャダイン:10月のライブでもいましたよ、ドラマーの方。
能町:ずっと来てくれてるんだ、ありがたいですね。
ヒャダイン:ホールツアーも行きましたよね。仙台と豊橋と浅草。でも、やっぱりリモートのときはしんどかったですもんね。2020年。
能町:自分のテンションが上がらないから。
木月:最初はそれぞれの家からやってましたもんね。
能町:家はキツかった…。でも、この番組に限らず、他のテレビもみんなそれやってましたもんね。よくやってましたよね。
ヒャダイン:1回当時の1日のテレビを、BSで流してほしいですよね。そのとき、ニュースで「感染者数100人突破」とか言ってるんですよ。
能町:(小池)百合子がお台場のレインボーブリッジを真っ赤にしたとき、都内の感染者数は12人ですから。
一同:うわー!
――「東京アラート」ってやつですよね。
ヒャダイン:未来の自分がそこに行ったら卒倒するんだろうな。