米テック産業の行く年来る年 - あの2001年の再来に恐怖するテック企業、停滞は新時代の入り口?

今からお前の名前は千だ!

ベンチャーキャピタルの世界でスタートアップは千三つ（せんみつ）と言われます。それが本来の厳しさであり、ドットコム・バブル崩壊の時は過大に評価されたネット企業が次々に破綻しました。成長の過渡期にある分野は、減速局面では本物しか生き残れない競争を強いられます。昨年大ブレークしたNFTアートの取り引きが2022年に急減、TerraUSDが崩壊し、暗号通貨の暴落に続く年末のFTXスキャンダルで、今や暗号資産の可能性はリスクの大きさに押しつぶされています。経済成長につながる可能性が期待されていた「Web3」に対して、懐疑的な意見を見かける機会が増えました。2021年にGoogle検索が7,200％増だった「メタバース（Metaverse）」は、2022年のオックスフォード英語辞典の「ワード・オブ・ザ・イヤー」の最終候補に残るほど言葉は浸透しています。しかし、Metaが「Meta Quest Pro」を発売したものの、多くの人にとっては「Fortnite」や「Roblox」のようなゲームが最も身近な体験である状況に変わりはありません。Marketing Brewのサーベイ調査では、TeamsやZoom、Slackを社員に使いこなさせるのにいまだに苦労している企業が多く、メタバースはまだ先になると回答。景気減速でコストに慎重になる企業が増え、メタバースに資金が流入するかは不透明な状況です。バーチャルなメタバースが現実の厳しい道のりに直面しています。

経済コンティング会社Analysis Groupは、メタバースのグローバルな経済的貢献が2031年には3兆ドル以上になると予測。Metaは11月に全社員の約13%、11,000人以上を削減する計画を発表したが、今後の成長ドライバーと見なしているメタバースやAI研究への投資は継続する

辛くても、耐えて機会を待つんだよ

テック産業のスローダウンの要因は景気減速だけではありません。ロシアのウクライナ侵攻から米中対立の緊張が高まり、今年は地政学リスクという言葉がかつてないほど市場で飛び交いました。

コロナ禍のチップ不足でPC・モバイル機器やゲーム機から自動車まで数多くの製品の供給が鈍化したことで、台湾と韓国に半導体製造が集中し、また中国が新たな拠点として成長していることに広く一般の人達も危機感を持つようになりました。そうした状況から今年8月に米下院でCHIPS法が可決されジョー・バイデン大統領が署名して成立しました。

米国における半導体の生産や研究開発に527億ドルの補助金を投じる法案ですが、米国の半導体エコシステムの再構築と国家安全の強化を目指しています。その直前にナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問しており、8月はこれまでの外交バランスを崩しても米国が半導体で主権を握るという政治的意思を示した月になりました。

それに続き、11月の中間選挙では重要な技術分野における米国の技術主権の確保が有権者への訴求点の1つになりました。この1年で米国の半導体産業で起こったことを振り返ると、半導体は技術と経済効果だけで先行きを予測できない、政治が重要な役割を果たす分野になった感があります。

国の支援も受けてIntelが北米や欧州で半導体の生産能力を拡大する投資を進め、12月には台湾のTSMCが米アリゾナ州の工場への投資を3倍に増やし、2026年に3nmプロセス技術による半導体製造を開始する計画を発表しました。

しかし、それらの生産が形になるのは数年後です。地理的にバランスが取れた弾力性の高いサプライチェーンを再構築できるまでは、現状をリスク化させるトラブルは避けたいところ。争いを避けてしばらくは現状維持、地政学リスクの回避もテック産業がスローダウンし始めた要因の1つになっています。

ジョー・バイデン大統領とIntelのパトリック・ゲルシンガーCEO。9月9日にオハイオ州で行われたIntelの半導体製造工場の起工式でバイデン大統領が演説し、CHIPS法の成果をアピール

米国の中国依存からの脱却を目指す取り組みは、日本にとって追い風です。12月にAppleのティム・クックCEOが日本を訪問した際、ソニーのイメージセンサーの製造現場を訪問した同氏が、iPhoneなどに同社のセンサーを採用していることに言及したのが米国で大きな話題になりました。Apple Watchのバンドに使われている素材などは別として、iPhoneに使用している部品とパートナーをAppleが公にアピールするのは非常に珍しいからです。このことから米国との外交関係が良好な日本のパートナーをより重視していく意向が読み取れます。