2022年はテック産業が経済・政治の影響を色濃く受けた1年でした。今年のテック産業の行く年来る年は、経済環境が酷似していると言われる"テック産業の歴史に残る2001年"との比較で2022年を振り返ります。見出しは「千と千尋の神隠し」からのセリフです。

一度あったことは忘れないものさ…

今年5月にAppleが「iPod touch」の販売を終了させ、2001年10月の初代から続く20年以上の「iPod」シリーズの歴史に区切りを付けました。

  • Appleが5月に「音楽は生き続けます」というメッセージとともに「iPod touch」の販売終了を発表

初代iPodは、倒産寸前にまで追い込まれたAppleの復活の狼煙になりました。そして、その後に「Web 2.0」と呼ばれるモダンWebが起こり、当時の感覚では「iPod+携帯電話」だった初代iPhoneの登場でモバイル時代が始まります。毎年スマートフォンの新製品が出てくるけどあんまり変わらないから去年のスマホでも全く問題ない昨今、大きな変化の始まりだった初代iPodの登場を思い出すと「エキサイティングだったなぁ」と思います。

でも、2001年を「もう一度体験したいか」と聞かれたら、それは「ごめん」です。初代iPodが登場した2001年はドットコム・バブルが完全にはじけた年であり、実際には新たな時代の始まりどころか、期待の新しい時代が不発に終わって「完全終了」の雰囲気に包まれた年でした。バブル崩壊の発生源だった米国で暮らすのは本当にタイヘンで、あんな経験はもうしたくありません。

だが、しかし……、多くの人が指摘している通り、テック企業が多く含まれるNASDAQの急落が続いた2022年は、(まだ再来と言うほどではないものの)ドットコム・バブルが崩壊した時にとてもよく似ています。

  • NASDAQ 100の過去の推移、テック分野の成長株によって過去10年以上も上昇が続いていた市場が2021年11月から下落の連続

さて、毎年の恒例の行く年来る年、今年はプラットフォームに焦点をあてて、前編で2022年のテック産業を振り返り、後編で2023年を展望します。昨年は見出しに「機動戦士ガンダム」のセリフを使いました。今年はドットコム・バブルが崩壊した2001年に公開された「千と千尋の神隠し」からのセリフです。

夢だ! さめろ! さめろ! さめろ! さめて

今年のテック産業を一言で言い表すなら「急減速の年」でした。

2012年以降で最高のPC出荷台数を記録した2021年から一転、2022年は前年比12.8%減の3億530万台に落ち込むとIDCは予測しています。景気の影響を受けやすい広告市場は特に減速が顕著で、MetaやGoogleなど収入源の大半を広告に依存するIT大手の決算が予想を下回り、投資家が警戒感を強める一因になりました。景気減速に強いAppleも例外ではありません。同社は予想を上回る決算を継続していますが、Macの全ラインナップを2年でApple Silicon搭載にすると宣言し、3月の発表イベントで「あとはMac Proのみ」とアピールしたにもかかわらず、Apple Silicon搭載「Mac Pro」を2022年中に発表できませんでした。「Mac Studio」や「Studio Display」、M2搭載「MacBook Air」を発表した前半に比べると、後半は新製品発表のペースが緩やかになったように見えます。

  • 3月に開催した新製品発表イベント 「Peek Performance.」 でMacのApple Silicon移行の残りは「Mac Proのみ」とアピール。年内の発表が期待されたものの実現しなかった

リセッションの恐れが広がる中、テック産業では雇用も、開発も、新製品の展開も全てがスローダウンしています。

急減速の原因は、異例の経済サイクルです。新型コロナの感染拡大による2020年の経済活動の停止に対して米国で異例の財政・金融刺激策が実施され、史上最も急激なペースで景気後退からの回復を果たしました。しかし、これは本来なら緩やかに振れる巨大な景気の振り子を無理に振り動かしたようなものです。加速が付いた巨大振り子の運動エネルギーはすさまじく、急速な経済再開に需要と供給が大混乱。経済刺激策の大量のカンフル剤は、1970年代以降で最悪のインフレという副作用を米国で引き起こしています。

過熱し過ぎた経済を冷やすために、米連邦準備理事会(FRB)が今年3月に利上げを開始しましたが、スピードが乗った巨大な振り子を無理矢理戻すには相応のエネルギーが必要です。5月の0.5%の利上げですら22年ぶりだったのに、それよりも大幅な0.75%の利上げを6月から4回連続して実施。異例のペースで金融引き締めを進めています。それでもようやくインフレ抑制の兆しが見えてきただけというのが今の状況です。

きっと助けてあげるからあんまり太っちゃだめだよ

通常なら5年以上かかりそうなサイクルが数年で進む非典型的な経済サイクルの減速局面。思い切り振り戻して逆に振れはじめた巨大な振り子をうまく制御できるでしょうか? 景気後退局面に入ると普通なら労働力が余って物価が上がらないはずなのに、今の米国は新型コロナ禍を経て極端な人手不足に陥っており、賃金の上昇圧力が高インフレを長期化させかねない状況にあります。このままスタグフレーションに陥る可能性もあり、避けられたとしてもFRBの強気の対応で米景気の停滞が長引くかもしれません。米国経済の先行きはひどく不透明です。

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冒頭で紹介した3億530万台というIDCの2022年世界PC出荷台数予測は、前年比12.8%減ですが、コロナ禍前の2019年(2億6,669万台)を大きく上回っています。減速・鈍化が起こり始めているものの、テック産業はまだ警報を鳴らすような状況ではありません。しかし、テック産業はコロナ禍において巨大な振り子の振れる力を最も利用して成長を加速させた産業の1つです。反動の影響も色濃く受けます。

2001年〜2002年の株式暴落の震源であり、過去10年以上に及ぶ上昇局面を牽引してきたテック企業は、今の減速局面に対し非常に大きな危機感を抱いています。経済がソフトランディングすれば良いですが、ハードランディングが避けられなくなった場合、これまでの高成長に基づいた拡大や増産、研究開発への投資が大きな負債に転じるリスクがあるからです。まだそれほど大きなダメージは受けていないものの、MetaやAmazon、Intelなどテック大手の大規模リストラの発表が続いています。一方で、安定して黒字を出せるビジネスモデルを確立できなかったTwitterは「イーロン・マスク氏による買収」という劇薬を飲み込みました。

ユーザーの視聴体験を重視して広告モデルを断固否定していたNetflixが「広告付きサービス」の提供を開始したのも、コロナ禍で成長余地を食い潰すほど爆発的に成長し、また動画ストリーミングの競争が激化したことからの反動の恐れと言えるでしょう。また、アプリの体験を重んじてiPhoneの全ての新モデルに同じSoCを搭載していたAppleが、今年はiPhone 14 ProシリーズのみにA16 Bionicを搭載、Proモデルの差別化を図っています。それも付加価値が重んじられるようになる不景気時の消費者の動向への戦略的対応という見方ができます。

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