• 幼馴染の田中碧(左)と三笘薫

幼馴染がそろってプロサッカー選手になり、五輪代表を経て頂点のA代表でも共闘するだけでも極めて稀有なケース。4年に一度のW杯代表へともに選ばれるとなればなおさらだが、2人は奇跡のホットラインまでも開通させている。舞台はスペインとのグループステージ最終戦だった。

1-1の同点に追いついてからわずか3分後の後半6分。豪快な同点ゴールを決めたMF堂安律(フライブルク)が右サイドからクロスを放つ。しかし、味方に合わないままスペインゴール前を斜めに横切り、反対側のゴールラインを割ろうとしていた直後だった。

スピードに絶対的な自信を持つFW前田大然(セルティック)が、ファーサイドへ猛然と滑り込むもわずかに届かない。それでももう1人、あきらめなかった選手がいた。三笘だった。

「どんな試合でもあきらめない姿勢が大事ですし、しかもあの場面では(堂安)律からボールが来るという予感もあったので。あそこでは誰も足を止めないと思います」

いつもと変わらないプレーだと強調した三笘はこのとき、驚くべきテクニックをさりげなく駆使している。ボールを普通に蹴り返していたら、おそらくは前方にいた前田に当たっていた。しかし、三笘はとっさの判断で左足をボールのちょっと下へもぐり込ませたのだ。

果たして、浮いた軌道を描いたボールが前田を越えて、緩やかな軌道を描きながらスペインゴール前へ折り返される。以心伝心というべきか。ゴール正面へ走り込んできたのは田中。右足のつけ根の部分で、まさに執念でボールを押し込むまでの過程を次のように振り返った。

「最初の律のクロスに(スピードのある)大然君と薫さんが走っていったので、何とか残るんじゃないかなと信じて走り込んでいきました。気持ちで押し込むとかではなく、あの位置に入り込んでいくのは自分が(川崎フロンターレ時代から)ずっとやってきたプレーなので」

しかし、ビクトル・ゴメス主審(南アフリカ)は何も宣告しない。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)によるチェックが入っていると、スタジアム内に表示されてから約2分後。ゴメス主審がセンタースポットを指さした瞬間に、田中の勝ち越しゴールが認められた。

VARは三笘がボールを折り返す前に、ボールがゴールラインを割っていたかどうかをチェックしていた。実際に角度によっては、ボールがゴールラインを割っているように見える画像や映像もあったが、VARはほんのわずかながらゴールラインにかかっていると判定した。

「1ミリでもいいから(ゴールラインに)かかっていればいいなと思っていましたし、(ゴールが)入った後は(自分の)足がちょっと長くてよかったと思いました」

最後まであきらめない三笘の執念が、最先端技術が駆使された科学の目との共同作業で手繰り寄せ、幼馴染の田中との間で開通させた奇跡の逆転&決勝ゴール。直後からネット上などで賛否両論が飛び交うなど、ワールドワイドで注目を集めた三笘のアシストには後日談もあった。

例えばツイッター上では、三笘の左足がボールにヒットした瞬間の画像を解析する動画が投稿されて大きな話題を呼んだ。真上に近い角度から撮影された写真を拡大していくと、VARの判定通り、ほんのわずかながらボールがゴールラインにかかっている。

つぶやきによれば、かかっている幅は1.88mmだった。クロアチア戦前日にメディア対応へ臨んだ三笘は「ルール上、インはインなので何も気にしていない」と“1.88mmアシスト”に言及した。

「負けたチームがそう言うのはある意味で仕方がないと思いますけど、そういったぎりぎりのところで勝敗が決まるのが、やはりW杯なんだと身に染みて感じています」

三笘自身は初めてのW杯を戦う上で、必要のないネット上の雑音はシャットアウトするように努めている。しかし、ゴールラインにかかっていた幅が1.88mmだったという続報を含めて、友人や知人からのメッセージや連絡を介してその後の情勢を否が応でも見聞きする。

「いままで来なかったような人からもメッセージが届きますし、本当にいろいろな人が見てくれていると感じられる状況は自分の力になっています。ただ、自分が集中しているのはそこ(スペイン戦のアシスト)ではない。すぐに次の試合がやってくるなかで、試合があった日だけはもちろん喜びますけど、その翌日にはもう忘れないといけない。それは常に自分へ言い聞かせています」

こう語っていた三笘は、キャリアのなかで初めて臨んだW杯で、4試合すべてで後半開始もしくは途中からピッチに立った。ドイツ戦では同点に追いつくきっかけとなるスルーパスを南野に通し、スペイン戦では前述したように田中の決勝ゴールをアシストした。

「僕の場合、試合の途中から出場するのは慣れていますし、むしろスペースがあって相手が疲れてきた状況であるほど自分のプレーも出しやすくなる。グループステージが決勝トーナメントに変わっても変に力むタイプでもないし、いつも通りプレーするだけです」

スーパーサブやジョーカー、あるいは切り札と呼ばれる役割に気概を感じた。十八番でもある緩急を駆使した、左サイドから仕掛けるドリブル突破を大会途中から世界も注目し始める。同時に相手にも警戒される。クロアチアは常に複数で三笘をケアし、ドリブルのコースを消しにかかった。

それでも延長前半の終了間際には、60m近い距離をドリブルで突破。中央へ切れ込んで強烈なシュートを放ったが、コースがリバコビッチの正面だったがゆえに弾き返されてしまった。

「簡単にセーブされているので、コースを含めて、もっとシュートの精度を上げていかないと。相手が2人、3人と来ても自分が抜き切らないといけないのに、そこで自分のミスも多かった。今日に関しては、最後まで試合の流れを変えることができなかった」