• あべ木陽次氏=『元彼の遺言状』暮らしの法律事務所セットにて

様々なドラマ、映画の美術を担当してきたあべ木氏だが、これまでの仕事で一番思い出深いセットを聞いてみると、『元彼の遺言状』の鈴木監督による映画『マスカレード・ホテル』を挙げた。

「長期撮影が可能で、脚本にマッチしたホテルがなかなか見つからないんですよね。そこで、あの舞台となる大きなロビーはもちろん、バックヤードまで全部作ろう!ということになって、そのときは(スタッフ一同)騒然としました(笑)。東宝の一番大きなスタジオを借りて、ホテルを丸ごと作ることになるので、あの規模だと装飾部の物量もものすごくて。これ本当にやるんだ…みたいな。大変でしたし、一番印象深かったですね」

そんなあべ木氏の美術デザインの源流は、入社してすぐに担当した作品にあるのだそう。

「テレビのセットにはもともと興味があって、そういった大学の学部にも入っていたんですけど、まさかテレビ局に入れるとは思っていなくて、入社してから本当にやるんだ…という感じでした。入社してから勉強しましたので、アシスタント時代についていた『あすなろ白書』や『古畑任三郎』を担当していた先輩方のやり方に、いまだに引っ張られていますね。『あすなろ白書』は、当時スタジオセットしか知らなかったときに、大学のオープンセットをまるまる作ろうと聞いたときは驚きましたし、それを実際に作るお手伝いをさせてもらった記憶、影響は今でも大きく残っています。ドラマでこんなに大がかりなことをやれるのか、と。『古畑任三郎』は、ワンシチュエーションを台本をもらってすぐに準備をして、毎週1つずつ作るわけじゃないですか。あのスピード感は今でも印象に残っています」

■知っている人が見たら分かる工夫

最後に、今回の3作品の見どころを美術の視点で聞いてみると、「『元彼』は『古畑』のように一話完結に近いお話なので、毎回セットを組んでいます。“クラシックミステリー”というキーワードを忘れずに、前のセットをうまく利用して次のセットに回すなど、テレビドラマならではのスピード感でやっているので、言っちゃいけないのかもしれないですけど、知っている人が見たら“また同じ壁柱じゃん!”って言われてしまうかもしれないですね(笑)。また、装飾チームがこだわっている篠田(大泉洋)の作る料理にも注目していただきたいです」と紹介。

  • 『元彼の遺言状』暮らしの法律事務所の台所セット

続いて、「『ナンバ』は、主人公たちがケンカをする場所ですね。チームでやっていて、現場スタッフが毎回細かく世界観を作り上げているので、そこをぜひ見てもらいたいです。そして、「『やんごとなき』は、あのゴージャスな世界観の中で繰り広げられるドロドロとした物語ですね。主人公のような一般庶民の暮らしと、お金持ちとのギャップを、画面から楽しんでもらいたいですね」と呼びかけた。

監督の構図や、サウンドトラックの音色など、テレビドラマの中にクリエイターたちのオリジナリティを探すことも作品を楽しむ醍醐味だが、セットの全景、置かれているテーブル、装飾、壁…などの“美術デザイン”へ改めて細かく目を向けてみると、より一層面白さに気づけるかもしれない。

●あべ木陽次
武蔵野美術大学空間演出デザイン学部卒業後、91年フジテレビジョンに入社し、94年に『若者のすべて』で初めてデザインを担当。『ホンマでっか!?TV』などのバラエティ番組、『Live News』などのニュース番組のほか、『踊る大捜査線』『コンフィデンスマンJP』『ミステリと言う勿れ』『教場』などといったドラマ、『暗殺教室』(15年)、『暗殺教室 卒業編』(16年)、『本能寺ホテル』(17年)、『マスカレード・ホテル』(19年)、『コンフィデンスマンJP ロマンス編』(19年)、『記憶にございません!』(19年)などの映画も手がける。現在放送中の4月期連ドラ『元彼の遺言状』『ナンバMG5』『やんごとなき一族』とフジ制作全3作を担当し、7月期は月9『競争の番人』を手がける。