“アロマンティック・アセクシュアル”というセクシュアルマイノリティの2人を主人公に描いたNHKドラマ『恋せぬふたり』の脚本を手掛け、優れたテレビドラマの脚本に贈られる第40回向田邦子賞を受賞した脚本家・吉田恵里香氏。放送終了後に発売された小説『恋せぬふたり』(NHK出版)も書き下ろした。ドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(『チェリまほ』)でも知られる吉田氏の原動力は、「生きづらさを感じている人を描き、そういった人たちが少しでも生きやすい世の中に変えていきたい」との思い。『恋せぬふたり』を掘り下げるとともに、脚本家・小説家としての信念や、今後について話を聞いた。
他者に恋愛感情を抱かず、性的にも惹かれない“アロマンティック・アセクシュアル”の主人公、兒玉咲子(岸井ゆきの)と高橋羽(高橋一生)が織りなす同居生活を描いた『恋せぬふたり』。小説では、咲子の視点だけでなく高橋の視点からも描くことでそれぞれの内面を深く掘り下げ、小説独自の追加描写も楽しめる。
――ドラマ『恋せぬふたり』に参加された経緯から教えてください。
『チェリまほ』でアロマンティック・アセクシュアルかもしれないというキャラクターを原作にはない要素で描き、それについて話した取材記事をNHKの方が見てくださって、お声がけいただきました。
――『恋せぬふたり』の脚本を書く際に特に意識したことは?
アロマンティック・アセクシュアルの人の“あるある”で終わる作品にはしたくなかったので、アロマンティック・アセクシュアルの人が恋愛抜きでも大事な人が作れるということと、幸せの形は他人が決めることではないということ、この2本の柱を軸にして書きました。
――岸井さんと高橋さんに関しては、吉田さんの希望も反映された形だったのでしょうか。
キャスティングはお任せしていましたが、高橋というキャラクターがどういう人間なのか制作の皆さんに知ってもらうために、イメージキャストとして高橋一生さんの名前を書いていたので、まさにイメージ通りでした。咲子役は、以前から岸井ゆきのさんのことを素敵な役者さんだなと思っていたので決まったときはうれしかったです。
――実際にお二人の演技を見てどのように感じましたか?
この二人だったらきっと言葉になっていない余白部分や余韻も、すべて埋めてくれるだろうなと思っていましたが、実際の演技を見て本当に脚本を深く考えてくださっているなと。「……」と書いたところも、ちゃんと意図をくみ取って演じてくださっていて感動しました。
――ドラマの反響も感じられたと思いますが、視聴者の声をどう受け取りましたか?
「当事者ですが少し楽になりました」「当事者じゃないけど気持ちが軽くなりました」といった声をいただき、生きやすさにつながるお手伝いが少しできたのかなと、うれしい気持ちになりました。
――『恋せぬふたり』の小説も執筆されました。脚本を手掛けた作品の小説を執筆されるのは今回が初めてとのことですが、決まったときの心境を教えてください。
すごくありがたいなと思いました。お話をいただいたときはまだドラマ執筆中だったので、まだこの2人について書けるというのが純粋にうれしかったです。
――小説執筆の面白さをどのように感じましたか?
映像は視聴者や演者さんに委ねる部分が大きいですが、小説は、余白の部分や余韻など、台詞にしない部分を全部自分の文章で埋めていくので責任が増えるなと。でも伝えきれなかった部分をもう一回伝えるチャンスをいただき、作品をより深く追求することができました。小説は一つの答えを提示していく感じかなと思います。
――小説は、咲子と高橋の両方の視点で描かれていますが、その狙いを教えてください。
第一に、一人称で書きたくて。そして、咲子だけでなく、高橋の気持ちも描きたいなと。ドラマでは何を考えているかとかわからない、少し神秘的に書いている部分があったので、もう少し生身の人間としてどういう感情を持っていたかを書くことで、ドラマを見ていた方も楽しんで読んでもらえるのかなと思いました。
――ドラマでカットされたシーンが小説で読めるというのも魅力ですよね。
咲子と高橋の日常でのクスっと笑える会話など、尺の関係でカットされてしまう部分がありましたが、小説では2人の会話が増えているので、おまけ映像みたいな感じで楽しんでもらえたら。また、友人の千鶴や家族との会話もより深く描かれています。