草なぎは、“無”になって現場に入り、その場で感じたものを表現する俳優である。反射率の高い鏡のような俳優だと筆者は思っている。彼の演技が迫真であるとしたら、それは共演者の演技やスタッフの準備もすごくいいはずなのだ。今回、堤真一の存在が草なぎの芝居に影響があったのではないかと村橋氏は言う。

「時代劇のみならず大河ドラマは初めてではないとはいえ、今回は徳川慶喜という大役であったので、さすがの草なぎさんも最初はどう演じようかと思案していたようですが、ほぼ最初の重要なシーンが、第4回のご飯のシーンで、共演経験のある堤真一さんと一緒だったことで安心して演技ができたようでした。2人は現場で饒舌におしゃべりしているわけではないのですが、信頼関係ができあがっていて、草なぎさんは堤さんと芝居をしながら徐々に現場に慣れていき、セリフの発し方も変わっていきました」

また、雨や雪を大量に降らすことが好きだと言う村橋氏が激しい雨や暗闇などで草なぎの感情に揺さぶりをかけていったことも良かったのではないかと筆者は思う。第9回で慶喜が亡くなった父・斉昭(竹中直人)を思って泣く時、隙間から光が少し差し込む暗い牢屋のセットと慶喜の哀しみの深さが相乗効果をあげていた。

頼りの父も家臣も失った慶喜。これからどうなるのか。まだまだ生きたかった円四郎は篤太夫にバトンを託す。第16回のラスト、篤太夫の頭上を翔ぶ鳥は円四郎が大事にしていた掛け軸の鳥を思わせ余韻を残した。村橋氏は「円四郎のセリフに鳥の掛け軸のことがあったので、“鳥”をモチーフにどこかに使おう」と思っていたそうだ。円四郎が亡くなる時に鳥の羽ばたきと鳴き声が入っているところまで、哀しいけれど隅々まで堪能した第16回だった。

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