取材を進める中で最も驚いたのは、「あそこにいる人たちは、自分の良いところも悪いところも、全部丸出しなんです」ということ。そうなると取材する側も、全てをさらけ出して臨む覚悟が求められた。
「あれだけの経験をしているからなのか、“テレビに出るからって、今さらカッコつけることもねぇべ!”という感じなんですよ。“どうせ人は生まれて、恋して、別れて、死ぬんだから、人の目を気にするなんてダサいぞ!”と言われている気がして。そういう徹底的な人生観があって、暗黙のメッセージが全身から伝わってくるので、そこがすごく魅力的だし、価値観を揺るがされた部分でもありました」
それだけに、店では皆がよく笑い、涙を流し、感情を抑えないのだそう。ケンカは日常茶飯事のため、ラブママ母娘の口論が起こったときも、周囲は誰も止めに入らなかった。かつてはもっと激しかったそうで、「20年前くらいまでは、救急車が1日に3回来るくらい、いつもケンカがあったそうです(笑)」という。
■登場人物たちのそれぞれの一歩を描く
6月6日放送の後編では、ラブママ母娘のその後以外に、塙山キャバレーで営んでいた店で火事を起こし、周囲の店も燃やしてしまい自殺まで考えた“のぼるちゃん”の姿もさらに追っている。
山本氏は「いろんなものを抱えている登場人物たちが、それぞれの一歩を進んでいきます。それは何かが成功するという話ではなく、1日5センチしか進めなかったのが5.5センチでも進むことができたなら、その人にとって間違いなく大きな一歩なので、“進むって何だろう”というのが考えられる番組になっていると思います。本当に十人十色で、今まで思っていた“家族”の定義も揺らいできて、いまだに混乱しているんですけど、そういった自分の中にある価値観を揺さぶられるというのが、見どころになってくると思います」と呼びかけた。
●山本草介
1976年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業。ドキュメンタリー映画監督の佐藤真氏に師事し、06年に映画『もんしぇん』の監督で商業デビュー、第6回天草映画祭「風の賞」を受賞した。映像作家として『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)、『情熱大陸』(MBS)などで番組を制作。21年、初の著書『一八〇秒の熱量』(双葉社)が、第52回大宅壮一ノンフィクション賞の候補作に選ばれた。