「こ、これは、買ったとき以上に良いかも!!!!」とお気に入りのフレーズを弾きまくる御徒町。広瀬さん曰く、買ったときがベストな状態というワケではないのだとか。メーカーもどんな人が手にするかわからないので、ある程度、最大公約数的に余裕を持たせて調整してから出荷するからだ。「ナットを低めにすると高いのが好みの人に合わせるとき打ち替えなければなりませんが、高めにしておけば削ればいいので、おのずと出荷時のナットは高めになります」ということらしい。
「ただし、これを最初に弾いたときに気持ち良かったから買ったわけなので、その調整が悪いわけではありません。こうやってPLEKで調整すると弦のゲージ、使用するチューニングなどの詳細データとともに最適な弦高の数値がデータとして残り続けますので、数年後、弾きにくくなったときに持ってきてもらえば、ベストな状態に戻すなんてこともできます。また、他のギターをこれに合わせることもできますので、お手持ちのギターの弦高を全部一定に揃えることも可能です」と広瀬さん。
な! なるほど、PLEKの真髄はそこにあるのかも知れない! 実際にツアーに出るプロミュージシャンが出発前にネックをいつもの状態にするためにSLEEK ELITEさんへ持ち込んでくることもしょっちゅうなんだそう。確かにこのネックの状態を一度知ってしまうと、そうなるのもうなずける。
ちなみに、ここまでやって料金は14,300円。
ええええ!!!! マシンが介在しているとはいえ、これは安い。安すぎるのではないか? それについて伺うと「いや、機械でやるからリペア時間が短くなったかというと、逆に長くなったかも知れません。ベストな状態がわかってしまうだけに、そこに到達しようして、何回も調整してしまうので。あはは!」と笑顔で語る広瀬さん。こ、心が広すぎます。うれしいけど。
うん十年を共に過ごしてきたギターが新品以上になって帰ってきた御徒町はギター少年よろしく弾きまくっている。それをBGMにいくつか広瀬さんに質問してみた。
――ネックのベストな状態というのを体験しましたが、ギターの種類やゲージの種類でも適性値は違ってくるものですか?
もちろんです。加えて弦高が高めの方が弾きやすいという人もいますし、低い方が好みという方もいます。ですから、答えは自分で決めてもらってPLEKや私はその理想を実現するためにデータを使ってご提案します。例えばビビリ音にしても、いくらか混ざっているぐらいのほうが良い音に聞こえたりもします。ただし、均等かつコントロールできるビビリである、ということが重要ですが。
――気に入ったネックになったギターを、なるべく長く維持するにはどうすればよいですか?
何よりも保管場所が重要です。楽器は特に湿度に弱いですから気をつけましょう。保管する際に弦を緩めるか、張ったままにするか、という質問もたくさん受けるのですが、これに関しては楽器の状態によるのでなんとも言えません。例えば、トラスロッドが回りきるのが怖いという理由で弦を緩めて長期間しまっておくと弦の張力が奪われた状態になるので逆反りしてしまうこともあります。
弦を張らない方法もありますが、その場合はトラスロッドを全開にしておき、弦を張る時はトラスロッドを締めなおす。ですが、この方法はかなり無理がありますよね。ですから答えとしては、あんまり考えすぎずに自分にとって精神衛生上良い方を選んでいただければ良いです。調子が悪くなったらいつでも持ってきてください(笑)。
――最悪のネックコンディションと言われる現象に「波打ち」、「ねじれ」なんていうのがありますが、それはどんな状態ですか?
「波打ち」は先ほどのギターでもありましたが、トラスロッドが均等に効いていないケースでよく起こりますね。例えばフェンダーの楽器ではよく起こりがちです。なんでそのままにしていたかというと、弦高を下げることをそもそも想定していなかったからだと思います。これはブランドの特性、コンセプト、意図するところでもあるので、一概に悪いとも言えません。最近の同社のギターでは均等にロッドが効くようになっていますから、弦高を低くしたいというニーズにも応えられるようにしたのでしょう。
「ねじれ」というのはある意味、しかたない現象でもあります。ギターでいえば低音弦と高音弦で張力が違いますから、それを受け止める木材にもひずみが生じます。一般に「ねじれ」は嫌われますが、例えば、低音弦側が反り気味で、高音弦側がそれほど反っていないのであれば逆に弾きやすいはずです。
困るのはその逆で、実はこれがベースで起こりがちなんです。ベースは高音弦(1弦)のほうが張力が強いので、レギュラーチューニングでも1弦側が順反り、4弦側が逆反り、という弾きにくいねじれが起こりやすい楽器なんです。トラスロッドも張力が弱い方に効きやすいので混乱しやすいのも問題です。ベースのネックの方が相対的にトラブルは多いですね。
――PLEKでデータ化した中で思い出に残っている楽器はありますか?
フェンダー・カスタムショップ設立メンバーのマスタービルダー、マイケル・スティーブンスが手掛けたギターをスキャンしたことがありますが、まったくビビリ音なしで反り方も理想的な状態でした。PLEKの目で見て正解ということは、物理的な観点からも根拠があってそのように作られていたと言ってもよいでしょう。
他にもジョン・イングリッシュが手掛けた限定テレキャスターも見たことがありますが、とても状態が良くて、こちらもスキャンしたらベストでした。まさに職人芸といったところで、それを実現できる人が存在することが奇跡のようだと感じますね。
ただ、高価だから良いギターというわけではないですよ。何百万円もする楽器でも状態が悪いまま弾いていたら宝のなんとやらです。自分が納得するまで調整して、ちゃんと音がでる状態にした5万円の楽器のほうが価値が高いです。楽器に合わせて弾くのではなく、自分が弾きやすい状態に調整して欲しいですね。プレイヤーが集中すべきなのは、やはり音楽ですから。
――今さらですが、広瀬さんがリペアマンを始めたきっかけは?
元々楽器の輸入代理店をしていて、届いた楽器をきちんとした状態でお渡しするためにリペアもやっていました。最初はPLEKなしでやっていましたが、取り扱っている楽器がワールドクラスの品なので値段も高額。ですから、なるべくきちんとした状態で送りだしたくて、投資回収は一切考えない状態でPLEKを導入しました。
現在は2台のPLEKをフル稼働させていますし、楽器メーカーやリペアショップへの導入後のサポートもさせていただいています。導入予定のメーカーからライバルを増やすのか? と訊かれたこともありますが、日本の楽器のクオリティの底上げができればそれが一番ですから問題ないと思っています。
――日本製のギター、ベースのファンは世界中にいますからね。「日本の楽器、すごいな」って言われれば、うれしいですもんね。
ということで、すっかり気を良くした御徒町と一緒に広瀬さんが見送るSLEEK ELITEを出て帰路についた私たち。自分の中でも、どういう順番でギターをメンテに出そうかと思案し始めたのはいうまでもない。みなさんも今回のケースほどではないにしろ、最近めっきり腕が落ちたな、これまでのフレーズが弾きにくくなったなど、ちょっとした不調を感じるケースは多いと思う。もしかしたら、それはネックの微妙な不調が原因かもしれないので、ギターやベースをこよなく愛する諸兄諸姉には、ぜひ一度PLEKを体験していだきたいと思う。いつものギターやベースが圧倒的に弾きやすくなる感動を味わっていただければ幸いだ。