――多くの人が記憶にある実際に起こった災害を描くということにおいて、気をつけている部分は何でしょうか?
知っている方が見れば、映ってる場所が大船渡市だとか、三陸鉄道の甫嶺駅だということは分かると思うのですが、一貫して架空の場所を描いています。「仙ノ浦」も架空の地名です。まだ裁判をされている地域もありますし、場所によって被害状況や受けた影響も全く違うので、リアルな場所を舞台にすると「この被災地であんなことを言ってた人はいなかった」とか、「こんなタイミングで物資は来なかった」とか、記憶を刺激して嫌な気持ちになる方が出てきますので。それと、東北の方言はその土地土地で違うので、地域が限定されるのを避けるために標準語で話すということもありました。
――第1シーズンの第1話は、最後に震災の回想シーンをわりと長尺で描いていて、東北3県の局の人たちも心配していましたが、結果的に毎分視聴率も落ちずにホッとしたとおっしゃっていました。
そうですね、そこは私たちも安心しました。でも、今新鮮な記憶のある方がたくさんいらっしゃるうちに、このテーマにトライしてみるというのも、必要なことだと思ったんです。
――交流のある陸前高田の人たちは、どんなことをおっしゃっていますか?
遺族会の方からは、最初の放送が終わった直後に「いろんなことを言う人もいるかもしれないけど、私はやってもらって本当にありがたいと思ってるので、最後まで頑張ってくださいね」と励ましの言葉をかけていただきました。また、震災とは関係ないところでも、大事な方を亡くされて精神的に落ち込んでいらっしゃった方が、同じような思いをした朝顔が立ち直っていく姿を第1シーズンで見て、「勇気が出ました」という声も頂いたりしたので、どんな形でも役に立てて良かったなと思っています。
■この作品が伝えたいことが全て詰まった17話
――東日本大震災をめぐるストーリーでは、朝顔のおじいさん(柄本明)の持っていた歯が、母親のものではないことが分かりました。
おじいさんに対して、朝顔先生がそれをどう話すかというのかという大きなハードルが16話(3月1日放送)であり、朝顔先生が最後の別れになるかもしれないおじいさんに悔いなくかける言葉を選ぶという場面は、上野さんと柄本さんのお芝居が本当に素晴らしかったです。基本的には、病室で横になっているおじいさんに朝顔先生が話しかけるだけなので、ドラマ的には全く動きがないんです。普通はそういうシーンを長くやると退屈に見えてしまうんですが、あの2人だと5分でも10分でも見ていられるというのがすごいですよね。
――もともとの予定では昨年の夏・秋クールの放送だったのが、コロナの影響で秋・冬クールに繰り下げとなったわけですが、それによって放送期間に3月11日が入ることで、物語のプロットを変更した部分もあるのでしょうか?
そうですね、最終話に向けて、後半はかなりプロットを修正しました。3・11の週の3月8日に放送される第17話は、被災された方がご覧になるということをかなり意識して、コロナに気をつけて被災地でも撮影させていただきました。
――その第17話では、母親の遺骨が見つかるという展開が予告されています。
お母さんが見つかる方が良いのか、最後まで見つからない方が良いのか、すごく悩みました。実際に探されている方のお気持ちを考えると、ドラマでお母さんと再会することって、単なるきれい事に見えてしまわないかと思っていました。ひょっとすると、この放送時期にずれなければ、最後まで見つからないエンディングになったかもしれません。
でも、このような新型コロナウイルスの現状や、ちょうど震災から10年を迎える今に放送させていただく機会を頂いたことを考えて、「今、捜している方がいらっしゃるからこそ、朝顔たちとお母さんを会わせてあげたい」と思い、お母さんと再会することに決めました。2011年から10年経った今、この作品が伝えたいことが全て詰まった17話です。ぜひご覧ください。
――この家族の物語は今後、どのように展開していくのでしょうか。
第1シーズンで朝顔先生が1クールかけて、お母さんに対する自分の考えをしっかりと話せるくらいまでになり、実は朝顔先生が一番強いんです。認知症を患った父の平さん(時任三郎)と入院するおじいさんを朝顔先生がどう支えていくのか、それを風間俊介さん演じる夫の桑原さんに肩の力を抜かせてもらいながら、妻と娘を失ったそれぞれの男たちの悲しみを最終的にどう受け止めていくのか、というのが見どころになると思います。朝顔先生が後悔しないように、2人にどんな声をかけるのかというのを、見守っていただければと思います。