日本テレビの系列局・南海放送(愛媛県)の伊東英朗ディレクターが、“放射性降下物”をテーマにしたドキュメンタリー映画をアメリカで上映することを目的に、クラウドファンディングに挑戦している。
これまで16年にわたり、太平洋海域での核実験で被ばくした日本のマグロ漁船の被害を取材し、それを映画化した『放射線を浴びたX年後』シリーズは、大きな反響を呼んだ。そこで、次に制作する第3弾を、核実験の当事者で核保有国であるアメリカの人たちに見せ、被ばく問題の実態を直接訴えるのが狙いだ。
その手段として、なぜクラウドファンディングを選んだのか。なぜ映画上映なのか。そして、この問題を伝えることの決意とは――。
■核実験由来の放射性物質は日本にも
伊東Dがこの問題と出会ったのは、2004年。別のテーマの取材をするためにネット検索していたところ、「第五福竜丸」と同じように米軍の水爆実験に巻き込まれて被ばくした漁船が2百数十隻も存在するのを、高知県の高校生が突き止めたという情報が目に入った。
自身が高校生の時、広島の原爆ドームを訪れ、放射能の問題に強い関心をもち続けていた伊東Dは早速、高知を取材。『わしも死の海におった』という番組を愛媛ローカル、そして全国ネットの『NNNドキュメント』でも放送した。
“放射性降下物”の問題は、遠い国の話ではない。クラウドファンディングのページで掲示している日本の政府機関・気象研究所の1957年からの公開データでは、米・ソ・中国の核実験で発生した放射性物質が風で運ばれ、国内に降り続けていた数値が示されている。また、福島第一原発の事故を受けて東日本一帯の土壌とキノコを調査したところ、核実験由来とみられる基準値超えも見つかった。しかし、その健康被害については検証されていないという。
一方、太平洋で100回以上も行われた水爆実験の爆心地の至近距離で、日本の船がマグロ漁を行ってきたが、被ばくした乗組員も、被ばくマグロを食べた人も、ほとんど調査されることはなかった。
2011年の福島第一原発事故は、この問題を周知させるチャンスだった。実際、「『放射能ってなんなんだ?』と人々が興味を持つピークが一気にきたんです。原発からの放射性物質が、自分や子供にどんな影響を与えるのか、みんな敏感になっていて、その話をするとみんな食いついていたんです」(伊東D、以下同)というが、「『実は50年前にあった核実験で…』と言った瞬間に、『そんな古い話じゃなくて、今の福島を追いかけてください』と、よく言われました」と、聞く耳を持ってくれなかったそうだ。
■事実だけは知ってもらいたい
そんな日本よりもはるかに強い放射性物質が降下しているのが、核保有国であり、何度も自国の領土で核実験を行ってきたアメリカ。しかしこの国でも、ほとんど周知されていないという。
「ボストンにある IPPNW(核戦争防止国際医師会議)という団体の本部で、アメリカの放射性降下物について取材しようと思ったら、全く知らないんです。そこの方がハーバード大学の放射線関係の専門機関を紹介してくれたので、そこに行って自分の取材した映像を見せても、みんな『Oh my god!』ってびっくりして、やっぱり知らない。今度は、(原爆を開発した)マンハッタン計画で秘密裏に人体実験を行っていたことをスクープした新聞記者に映像を見せたら、この方も『Oh my god!』と。そのくらい知られていないんです」
今回のクラウドファンディングでは、このアメリカでの上映会を目指している。「『核兵器を持つために、あなたの家族や友達は何も知らされないで被ばくされ続けてきて、もしかしたら周りでいろんな病気で亡くなっているのは、そのせいかもしれない。それでも、健康や命と引き換えに手に入れた核兵器を持ったほうがいいのですか?』と問いかけたいんです。もちろん、それでも『核兵器を持つんだ』と言うのであれば、それはその人の考え方だからいいんです。ただ、事実だけは知ってもらいたいんです」と狙いを語った。
アメリカでは長年、「原爆が戦争を終わらせた」という考え方が多くを占めていたが、オバマ大統領(当時)が広島の原爆ドームを訪れ、原爆資料館にもアメリカ人を始めとする外国人の来場者が増加しており、「ここはチャンスだと思っているんです」と、とらえている。