「改革をやる人は最初は叩かれる」

社長として獺祭を広め、現在は会長となっている桜井博志さんの取材を続けていた弘兼さんは、その印象を次のように語る。

「スリムでオシャレ、明るく人懐っこい人ですよね。それに僕らの前では見せないけど、喧嘩するときは堂々とするという気合の入り方があります。慎重には行かないタイプですよね、大胆に行きます。立ち止まることを知らなくて、現状に満足することなく、好調でも次の手を考えている。漫画の主人公には最適な人物です。一方で現社長である息子の桜井一宏さんはどちらかという慎重な方でね、博志さんが暴走するのを一宏さんが後ろから抑える方に回ってるんじゃないですかね」(弘兼さん)。

  • 弘兼さんは桜井博志さんと桜井一宏さんの印象を独自の視点で語る

現在、旭酒造が行っている大きなプロジェクトに「ニューヨーク酒蔵プロジェクト」がある。残念ながら新型コロナウイルス流行の影響を受け、計画は1年延期されているが、アメリカで酒米「山田錦」を栽培し、アメリカ産と日本産の両方を使って新たなブランド「Dassai Blue」を作るという試みもまた革新的だ。

「蔵元にしろお寿司屋さんにしろ、僕は改革をしていくお店の方が好きなんですよ。カリフォルニアロールなんてすごい革新だと思うんです。伝統の味を守るということも大切ですけれども、いまは伝統+改革が求められると思うんです。明治、大正、昭和、平成を経て、国民の舌も変わっているんですから」(弘兼さん)。

杜氏制度の廃止と四季醸造によって、旭酒造の社員は並の杜氏をしのぐ醸造の経験を得ている。そしてそこから得られる情報はすべてデータ化され、クラウドに記録されている。一方で洗米はすべて手作業であり、社員が経験してきたノウハウによって行われている。センサーを用いるなどさまざまな合理化が行われているゆえに、獺祭は工場で作られたお酒、という印象を持っている方もいる。だが実際は味の追求のために手段を選んでいないだけであり、人の手も一般的な酒造りの倍以上かけられている。だからこそ、獺祭は日々おいしくなっていくのだ。

「桜井さんも日本酒業界のいろんな人に叩かれたんです。改革をやる人は最初は叩かれるんですよ。京都なんかはすごく伝統にうるさくて、和食で言うと、京都吉兆 嵐山本店の徳岡邦夫料理長、菊乃井の村田吉弘料理長、下鴨茶寮の小山薫堂オーナーなんかも最初は叩かれましたよね。出る杭は必ず叩かれるんです。でもおいしければ人は来るんです。獺祭も同じです。」(弘兼さん)。

  • 獺祭は決して工場で作っているお酒ではないと熱弁する弘兼さん

「日本酒を世界へ広めるため海外での出版も視野に」

弘兼さんが『「獺祭」の挑戦』を通じて伝えたい思いは「獺祭は工場で作っているお酒ではなく、本気で作っているお酒である」、そして「先頭に立って日本酒を世界へ広めてもらいたい」という2点にあった。世界に獺祭の魅力を広めるため、この旭酒造と桜井さんの物語を翻訳して、海外でも出版したいと弘兼さんは考えているという。

さまざまな革新を起こしてきた旭酒造の桜井博志さん、そして世界中から高い評価を受ける獺祭の物語。この日本酒業界における“挑戦”は、日本酒ファンのみならず、ビジネスパーソンとしても大いに感銘を受ける内容ではないだろうか。伝統に革新を加えたそのストーリーを収めた『「獺祭」の挑戦』は一読の価値ありだ。