• (C) 2020 王昊凡 ひと目見て感じる塩分量…… ※タップで拡大

「まず玄米なんですが、本当はもっと小さなお茶碗で“おかわり”していたようです。ただ今回は、授業用の資料ということで、わかりやすさを考えてドーンと置いてみました。

汁物は、シンプルなお味噌汁が多かったようです。具材は、今回はネギだけにしています。当時は自家製の味噌を作る家庭が多かったようですね。今回は私が買ってきた味噌です。自分で作るとなると大変なので……」。

――1年がかりになっちゃいますしね

「お漬物も、江戸時代は自家製です。畑で取れた野菜を旬のときに漬けて保存できるようにしていました。昔ながらの固いタクワンみたいなものをイメージしてもらえば。ちなみに、塩をそのまま、おかずがわりにして米を食べるということもあったようです。

現代で再現する場合、材料はすべて市販のものが使えますが、江戸時代にはガスもないですし、燃料も芝刈りで集めた枝を燃やさなきゃいけないですし、冷蔵庫もありません。質素な内容ですが、いま普通の料理を作るよりも手間がかかったと思います」。

――塩分量がかなり多そうですが……

「当時は、塩っぱいもので米を食べるのが主流で、毎日同じような塩分過多な献立を作ってたようです。これはマズいということで、戦後日本で行政中心に“減塩運動”が行われ、今のような食事になっていきました。一汁三菜を用意して、毎日違う献立で料理を作るようになったのは、実は日本が豊かになり、メディアが発達した1950年頃からと言われています」。