――“滑稽な奇跡”は、本の購入者特典になった未公開映像のモルディブでもありましたか?
ありました。ただ、これは特典のために改めて行って撮ったわけじゃなくて、僕の中ではある意味失敗したロケだったなと思って、オンエアせずにいたVTRなんです。原因はいろいろあったんですけど、スケジュールがない中で「とりあえず行っておかなきゃ」となり、ロケに1日しか取れなかったことが大きかったと思っています。
――そもそも、なぜモルディブを選ばれたんですか?
モルディブはインドの南側にある、1,200個ぐらいの小さな島々から成る島嶼国なんですけど、そこは国の方針で「全部の島をリゾートにしよう」ということで高級リゾートになった島がいっぱいあるんです。でも、そんな国に毎年観光客が何百万人も来ているとなれば、「ゴミはどうしてるの?」ってなりません?
――なりますね。
実はモルディブは、すぐ近くにある1個の島を犠牲にして、そこに国中のゴミを集めてどんどん高く積み上げているんです。そこが結構ひどい状況になっているという話を聞いて、そのゴミ島に行くことに決めました。ただ、実際そこに行ってみたら、働いているのはみんなバングラデシュ人。しかもその島は、ケニアのゴミ山の自然発火以上に炎がバンバン出て燃えているし、有害すぎてネズミもカラスも住めないほどだったんです。
――スケジュール以外にも、障壁に感じたことはありましたか?
言語の壁は大きかったですね。モルディブの言語とバングラデシュ人の言語はもちろん違いますし、僕はギリギリの拙(つたな)い英語しかできない。そうすると、現地でうまくコミュニケーションがとれずにあまり深い話ができなかった。これが大きなポイントでしたね。ただ、その中で面白いおっちゃんに出会えたんですよ。
――どんな人だったんですか?
ゴミ島の海岸で、ゴミのペットボトルと拾った釣り糸と釣り針を使って釣りをしているんです。でも、その人はゴミ島を出たくてしょうがなかったのに、「そんなことある!?」っていう状況で島に閉じ込められていて、ある倉庫にひとりで暮らしている。で、食べるためにゴミで釣りをしているんですよ。
本当はその海も相当汚染されているはずなんですけどね。元々真っ青な海なのにその島の周辺だけ独特な、変なクリームっぽい色になっているので。そこで釣った魚で一緒に飯を食うという、映像としては結構衝撃的なものなんですけど、あまり深い話はしていません。でも、「こんな人が存在するんだ…」っていう話にはなっていますね。
――逆に、他の国では英語でコミュニケーションを取られていました。その利点はやはり感じられていますか?
はい。それがなかったら、きっと全部のロケはできていません。通訳が挟まるというのはものすごく残念なことで、僕がしゃべったことがありのままに翻訳されるなんて100%ないわけですよ。特に宗教の問題とかは、しゃべったときに明らかに違う発言になってしまうんですよね。書籍の中で通訳を挟んでいるのはロシアの回なんですけど、例えば信者の人に「カルトって呼ばれていますよね?」と聞きたかったのに、その5秒ぐらいの話をロシア人の通訳が翻訳すると2分ぐらいになっているんです。
――寸法が合わない(笑)
それでいい面もなくはないかもしれませんけど、基本的にはやっぱり難しい。直接コミュニケーションをとるというのは、何より大事なことですね。
■クレイジージャーニーやナスDとの違い
――4月1日には地上波で新作が放送されます。
今回は僕の後輩が、フィリピンの炭焼き村というところに行ってきました。その道中で、ハッピーランドっていうマニラのゴミの浮島みたいな街にも立ち寄ってはいるんですけど、そこはフィリピンの劣悪な場所・過酷な生活環境としては割とメジャーな場所なんです。でも、この番組ではそれは序章の部分。本丸は炭焼き村です。
――その村は、どんなところなんですか?
少年が街へ出て木材系の廃材を集めてきて、それを燃やして炭を作って売って生活をしているんです。だから、炭を焼いていれば食べてはいけるんですよ。だけど、廃材には塗料とかいろんな化学薬品が含まれているので、引き換えにそこで暮らす人はものすごく寿命が縮んでしまうんです。そんな場所で出会った少年が、今回の主人公です。
――写真の少年、めっちゃくちゃ笑ってますね…。
そうなんですよ。正直まだVTRは完成していないんですけど、行くディレクターによってVTRが全然変わってきますからね。
…そうだ、僕はこの番組についてお話させてもらう機会があると、よく『クレイジージャーニー』や『陸海空 地球征服するなんて』などと横並びにしていただくことがあるんですよ。それ自体は光栄なことだと思うんですけど、いつも“主人公”の違いが一番の違いだと思う、というお話をしているんです。ただ、旅する側が主役になるその2つの番組とは違って、この番組はそこに住んでいる人たちが主人公で僕たちは黒子…という言い方をいつもしていたんですけど、それはちょっと正確ではなくて。
――より正確に表現するなら?
僕らと彼らとの“関係の物語”だと思っています。だから行くディレクターによって全然違うものが撮れる。視聴者にとっては良し悪しかもしれませんけど、僕とその後輩ディレクターは全然キャラクターが違うので、僕に撮れたものが彼に撮れないことはもちろんあるけれど、彼だから撮れて僕には撮れないこともたくさんあるはず。
この少年と出会えたのも彼の運と才能がもたらしたことだと思うので、僕も楽しみにしています。…編集を観て、説教するかもしれないですけど(笑)
――ただ、番組としては非常にフラットに作られていますよね。
そう。番組上では僕たちディレクターと現地の人の関係の物語が占める割合って、やっぱり少ないんです。こちら側のことを語れていないから。でも今回の書籍では、そういうことも言いたかった。やっとそれを、本では伝えられたかな…という気持ちがありますね。