ここまではAIを活用した従来のGoogleのサービスや製品の高機能化や改良、アップデートだったが、機械学習の能力や研究の成果によって、Googleは新しい事業分野を開拓できると考えている。その1つとして、大きな期待を寄せているのが医療である。
例えば、肺がんのCT検診のサポートだ。肺がんは早期発見によって生存率が高まるが、がんの既往歴のない人がCT検診の1年後にステージⅢの肺がんと診断されたケースがあった。1年前のCTにも写ってはいたものの、6人の専門家のうち5人が見分けられないぐらい難しいケースだった。それをGoogleのAIモデルは検出した。1年前の時点なら生存率が40%上昇したという。
また、アクセシビリティへの活用として「Live Caption」「Live Relay」「Project Euphonia」といった取り組みを紹介した。
Live Captionは、モバイルデバイスで再生している音声を認識し、画面にキャプション (字幕)をほぼリアルタイムで表示するオンデバイス機能だ。聴覚に障害を持つ人でも、Live Captionを使えば、いつでもビデオやポッドキャスト、オーディオメッセージなどを利用できる。
Live Relayは、聴覚や発話に障害を持つ人でも電話の音声コミュニケーションを利用できるようにサポートする機能だ。オンデバイスのスピーチ認識とテキスト-スピーチ変換で、音声通話の相手が話した内容をテキスト表示し、利用者がテキストで入力した言葉を音声化して相手に伝える。
GoogleがLive Relayに取り組んでいるように発話障害のある人達は、言葉を伝えるコミュニケーションをテキスト入力に頼ることが多くなるが、テキスト入力は手間がかかる。Euphoniaは、ALSの患者など発話障害のある人達の音声データを収集し、発話障害のある人達が発する言葉を認識する。
他にも、モンスーンによる洪水被害が多発するインドにおけるCentral Water Commission (CWC)との洪水対策プロジェクトを紹介した。降水量のモニタリングや地形から水の流れをシミュレートし、洪水を予測して住民に警告を発していく。インドではスマートフォンがよく普及しており、スマートフォンへの警告が効果を発揮する。
こうしたリサーチやAIプロジェクトは、広告という現在のGoogleの収益モデルにフィットしにくい。近年のGoogleの「AIファースト」に対して「アカデミックだが、収益モデルが見えてこない」という指摘もある。しかし、肺がんの早期発見率を高めたり、洪水被害を事前に予測する術のニーズを疑う人はいないだろう。そこから稼ぐのは難しいことではない。サービスを販売するもよし、AIの学習や処理に用いるGoogleのクラウドサービスからも収入を得られる。成長著しい世界のクラウド市場は今、2000億ドルに迫ろうとしているが、AIが活用されるようになれば、すぐに倍増するとも予測されている。
「for everyone」には、AIソリューションに取り組む人達を含む。Googleは、TCAV (Testing with Concept Activation Vectors)という技術をオープンソース化した。なぜその結果がたどり着いたのか、内容が複雑すぎる機械学習がブラックボックス化してしまって分からなくなる。TCAVは、データセットの分類においてどのような特徴が重視されているかを可視化し、モデルのバイアスを把握できるようにする。例えば、医師のイメージを見分ける学習において学習データに男性の医師の画像が多く含まれると、男性を重んじて医師を判断するようになる。そうした偏りを見分けられる。「(オープンソース化によって)誰でもそれぞれのAIシステムの偏りを解消し、理解を深められる」とPichai氏。
「よりヘルプフルなGoogelを作ることは重要です。しかし、それを全ての人のために行うことが等しく重要なのです。Googleの初期の頃から、検索はスタンフォード大学の教授でも、インドネシアの地方に住む学生でも同じように活用できました。同じアプローチを拡張して今、責任を持って、安全に、全ての人にメリットをもたらすテクノロジーの開発に取り組んでいます」(Pichai氏)
「全ての人のために、よりヘルプフルなGoogleを作る」と明言した今年のGoogle I/Oの基調講演はとてもGoogleらしいものだった。誰もが使いたくなるサービス、誰もが必要とするサービスや技術が価値を生む……マネタイズの方法よりも普及を優先し、研究・開発に資金と人材を注ぎ込んで成果を生み出す。技術の企業Googleの本領発揮である。