"ウソくさくない"話し方とは?
──松之丞さんの本「神田松之丞・絶滅危惧職、講談師を生きる」の中で、"ウソくさくない"という言葉が繰り返し登場したことが印象的でした。松之丞さんが考える"ウソくさくない"芸・話し方とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
うーん、難しい……。まず僕が思う"ウソくさい"というのは、芸で言えば、単純に「聴いて面白くないもの」。大衆芸能に関してだと、基本知識がなく、全部を理解できない状態で初めて見て、衝撃を受けないようなものって大したものじゃない。初めて見た人が「うわ! おもしろい!」って思えないようなものは、やっぱりウソくさいんだと思います。金払って観に行っても、つまんない芸人なんていくらでもいますから。だから、"ウソくさくない"というのは、その逆で、自分の芸もそうありたいと思っています。
──ビジネスの場に置き換えてみると、例えば初めて会う人に商材のプレゼンや提案をするときに、なかなか説得力を出すことができない、ウソくさくなってしまいがちという課題を持つ人も少なくないと思います。何かアドバイスはありますか?
売り込みたいものに対して、本当に価値があると思っているかどうか? ってところがポイントですよね。もちろん、価値がないものでも売らないといけない環境の人もいると思います。でも、いいところは絶対ある。0を100にしたらダメだけど、1を100にするイメージで、そのポイントのどこがどういいのか、大きくわかりやすく真摯に説明する。ウソにならない程度にね。
芸にしてもそうですけど、明らかにセリフを追っているだけだったり、感情や向上心が感じられなかったりというのは、やっぱりウソくさい。伝えようという気持ちと向上心をもって、惰性でやっているんじゃないという気迫を伝えることが大切ですよね。
──松之丞さんも以前からとても人見知りをするタイプだそうですが、人前で話すことが苦手な人にアドバイスはありますか?
僕もすごく人見知りするし、初対面の人と話すのも得意じゃないんですが、講談に関しては根拠なき自信があったんですよね。とはいえ、僕も前座のとき、6回くらい高座で絶句してしまった経験があります。何も出てこなくなっちゃって……。でも、良質な恥をかくことってすごく大事ですよ。全力でやっていたら、皮膚感覚で身についてきますから。
学芸会をイメージするとわかりやすいんですけど、1番ダメなのって、イキきってないこと。照れているやつをみるのが、見てる側も1番照れるじゃないですか。だからまずは、「自信もってイキきれよ」ってことですよね。自信をもって、プロフェッショナルでいることが大事だと思います。才能でもなんでも、やってみないとわかんないんだから。
──最後に、若手ビジネスパーソンに向けてのメッセージをお願いします。
講談も、落語と同じで前座、二ツ目、真打と3つの階級があります。僕は今、二ツ目ですが、前座の4年半は、抑え込まれるだけ抑え込まれ、自分のやりたいことは何もできなくて、すごく苦痛だったんです。でも、その期間に、一所懸命やろうとか反骨精神とか生まれたので、今思うといい時間だったなと思います。
会社に入社して、最初のうちはやりたくないことも、きっとたくさんあると思います。けど、意外とそれってあとでタメになることもあるから、日記とか書いておくといいですよ。自分は何がムカついて、何がイヤだったのか、その時の気持ちって年齢を重ねると忘れますから。これまで話してきた”お客さんの視点に立つこと”と一緒で、上の立場になったときに部下の気持ちを理解するヒントにもなるはず。上になると下の気持ちってすぐ忘れますから。
僕自身が前座のときに、「お茶をいれようと思ってるのに、邪魔なとこに立ってるやつがいる!」なんて状況もありましたが、今、気づくと自分がその場所に立ってしまっていたりするんです(笑)。誰でもそんなことはあります。若い時は忘れるって思わないけど、絶対忘れるから、文字に残しておくといいですよ。
あとは、いっぱい失敗して、いっぱい恥をかいた方がいい。周りの非まで自分が謝るくらいの気持ちで、いっぱい謝るほど、成長する。僕は前座の頃、自分をかばうための嘘ばかりついていたけど、自分をかばうために嘘をついても信用されなくなるだけですから。かわいいっていうより小賢しいって思われるし、アホでも正直に謝った方が、評価が良くなったりするもんですよ。クビになんない程度にね。
──ありがとうございました! 「百聞は一見に如かず」と言いますし、講談初心者も気負わずに、プロの話術を体感しに行ってほしいですね。
神田松之丞
1983年6月4日生まれ。東京都豊島区出身。日本講談協会と落語芸術協会に所属する講談師。2007年11月、3代目神田松鯉に入門し、2018年5月現在、二ツ目でありながら独演会のチケットは即日完売。高座はもちろん、テレビやラジオまで活躍の幅を広げている。活動スケジュールはオフィシャルサイトと公式Twitterにて随時更新している。自身のインタビュー・対談を収録した「絶滅危惧職 講談師を生きる」も発売中。