これまで、インターネットの普及以前、商用パソコン通信の時代から、ネットワークを通じて配信される小説、という試みは何度か行われている。読者からのフィードバックでストーリー展開が変わるなどのギミックも採用されたことがある。また、ブラウザを使った読書体験ということであれば、ケータイ小説や青空文庫、または最近流行している、アマチュアからの投稿サイトなども数えられる。今回は本格的純文学の長期連載という点が新しいのだが、要するに、仕掛けとしてはさほど新味はない。

これまでにない要素としては、Yahoo! JAPANという強力なポータルが絡むことだ。前述したように、これまでにない数の読者がコンテンツにリーチしてくれること自体がひとつの目標となり得るからだ。しかし、Yahoo! JAPANのウェブサイトは、ブラウザーでアクセスするとしばしば専用アプリの利用をお勧めしてくる仕様になっており、サイトとしての方針とプロジェクトの目論見が相反しているのではないかと気にかかる。そもそもの話として、トップページからリンクが貼られていないのも気にかかる。

とはいえ、今回のプロジェクトが一度で終わらず、プラットフォーム化されてさまざまな作家のチャレンジとして利用されるようになることは、大いに期待したいところだ。どんなに優れた作品でも、手に取ってもらわなければ真価を発揮できない。音楽などでも、YouTubeなどを使って無料配信していても、気に入ればCDなどの形で手に入れたがる人がいるのと同様に、小説であっても、本編が無料公開されていても、単行本や文庫を買ってくれる人は必ず一定の割合いるはずなのだ。

「新しい読書体験」という標語が強いが、どちらかといえば本質は「新しい出版メソッドの模索」といったほうが正しいように思われる本プロジェクト、すでに誰もがアクセスできる形でスタートしている。ぜひ一度体験して、今後の出版業界や文学界が目指すべき方向性のあり方について思いを馳せていただきたい。出版に限らず、コンテンツビジネス全体が今後向かうべき方向性が見えてくるはずだ。