田宮氏と柳下氏に、実際にVRを商業化したことで見えた魅力と課題について尋ねた。意外なことに、これまで3Dゲームを作ってきたゲーム開発者が落とし穴にハマっているという。

「これまでゲームや映画を作ってきた開発者、監督が『お作法が通じない』と嘆くんです」(田宮氏)

理由は「主観」と「客観」の違い。従来からのエンターテインメントでは、ストーリーテリングがあくまで第三者のものが多く、大昔の口伝から本、映像、そしてゲームと、客観的な位置から主人公に感情移入させることで人々を楽しませてきた。しかしVRでは、その視点が主観になる。もちろん、映画などで1人称のストーリーテリングを時々見かけるが、あくまで視点は(ほとんどが)客観。ストーリーの大半を主観で過ごす必要があるVRでは、コンテンツ作りの方向性がまるで違うというのが田宮氏らの見解だ。

例えば、ホラーゲームではこれまで、モンスターなどに襲われると体力ゲージが減り、死んでしまうという演出があった。しかし、VRでは主観で「襲われた」という"怖さ"はあるものの、襲われて痛みを感じるわけではなく、死ぬわけでもない。「状況を理解していても、身体が素直に反応して"嘘なんだ"と思うと途端につまらなくなる」(田宮氏)。そこで、凶器が目の前を通過するが当たらない、驚かされるけど身体的に影響がないといったストーリーに変更することで、この課題を乗り越えようとしたそうだ。「ほかにも、映像作りでフレーミングが使えない(場面を切り替えられない)などの制約があります。まだまだ試行錯誤ですね」(同)。

「この客観から主観へのシフトは、もちろんエンターテインメント以外、例えば教育や観光、そして軍事など、習熟度の向上や異次元の体験といったポイントで大きな効果を発揮します。石油コンビナートで万が一の災害が発生した時、マニュアルに沿って対処できるか、それはVRであらかじめサポートできることがあるはずです。まだ何か具体的に動いているわけではありませんが、そうしたコンテンツ作りに私たちの強みを活かせる部分はあるのではと考えています」(柳下氏)

シンボルは"実験の場"

「数ある想定シナリオの中でも割と順調に推移している」(柳下氏)というVR ZONE SHINJUKUだが、まだまだVR自体の認知度は低いという認識があると柳下氏。わかっていない人に「VR ZONEとは」と語っても仕方ない。だからこそ、まずは体験してもらう、「何か楽しそう」という印象を抱いてもらいたいという。

「女性を中心によくInstagramに写真を載せていただくのですが、VRは写真栄えしない(苦笑)。飲食店や砂浜といったわかりやすい写真スポットを用意しておいて良かったです(笑)」(柳下氏)

飲食店や、巨大風船爆発ルームなど、"写真栄え"するVR以外の施設も用意した

新宿の店舗はおよそ2年間の運用を目処に、ミラノ座跡地からの退去が予定されている。ただ、「VR ZONE Portal」という名称で9月に神戸、そしてロンドンと、小規模店を展開する。

「新宿は期間限定ですが、ここのようなシンボリックな施設は今後も必要だと感じています。シンボルがあるからこそ、特別な体験ができる場所という認知が広がり、浸透していく。こうした場で新しいチャレンジを続けて、Portalへと広げていく。それは、"ゲーセン"という従来の枠組みを超えた新しいジャンルの場を探して広げていく実験の場として、大切にしたい価値なんです」(柳下氏)