――最近ではCMにラップが取り入れられることも珍しくなくなりましたね。このような日常化はいつ頃から感じはじめましたか?

億単位の年収のラッパーがいるわけでもないので、正直、まだ「さざ波」程度だと思いますが、一切波が立っていない頃に比べると状況的には良くなりました。まだスタートラインなので僕らがまだまだ頑張らなきゃいけないんですけど、街中で「ACEだ!」と老若男女問わず言われるようになりました。街中でラップしてたら、すごく煙たがれてたのに(笑)。

――公園で1人でラップをしていたら、通報されたことがあったそうですね。

はい(笑)。最近では、自分たちがやっているイベントに小さなお子さんを連れてくる方もいます。こういう現象はすごくうれしくて。そこに「さざ波」を感じています。ラップは教育的な面でも良くて、何よりも「ラップは楽しいこと」とお母さんが胸を張って連れていくことができる空気感になりつつあるので、それがすごくうれしい。大事な「さざ波」です。

――「さざ波」すら立たないというのは、どのような状況だったんですか?

「ラップやってるヤツらはさびれた深海魚」みたいな。まだいたんだ、みたいな。クラブでお客さんが6人とか、そんな時期もありました。それでも先人はめげずにアルバムを出して活動を続けたりしていて、僕らにとっても周囲の冷たい目は当たり前でした。お金がもらえないことも当たり前で、イベントもお金を払って出るのが当たり前。そんな時代でした。

――大変な苦境ですね。心の底からラップが好きじゃないと切り抜けられなかったのでは。

そうですね。2011年ぐらいまではアルバイトをして掛け持ちだったんですが、辞めてラップ1本でやろうと決意しました。僕は割りと運がいい方というか、いろいろとご縁があって仕事をさせていただいていたので恵まれてはいたんですが……あれ? 今何を言おうとしてたんでしたっけ?

――苦境の中でも恵まれていた方だったと。

あっ、そうでした。つらすぎて記憶が飛んじゃいました。ごめんなさい(笑)。

お金もなくて、貯金もゼロ。自分でやるしかないと思って、まずはバイトを辞めました。震災の影響もあったと思います。2016年ごろまでに売れなかったらラップを辞める。そういう覚悟でした。

お金が必要だったら、路上でラップをやって投げ銭をもらったり、MCバトルの賞金で食いつないで。当然、携帯も持っていません。壊れたiPhoneで、Wi-FiがあるところでLINEを返すみたいな感じです。その中でも面白がってくださった方がインタビューやドキュメンタリーで取り上げてくださって。ラップスクールでラップを教えたりして、なんとか生き残ることができました。そして、『フリースタイルダンジョン』で今の「さざ波」につながったと思います。

――『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系毎週火曜25:26~25:56)で中高生人気が高まったと聞きました。

そうですね。街中で声を掛けられることも増えました。

――そういえば、ツイッターでも「声かけてくれるのは嬉しいけど。タメ口はいやーよ。タメ口は友達になってからね」とつぶやいていらっしゃいましたね。

あっ、それはですね(笑)。中高生はOKです。そのタメ口は愛らしい。問題は大人たちなんですよ!これも『全力! 脱力タイムズ』で言ってやろうと思っていたんですけど、いい大人が初対面なのに「ねー! 写真撮ってよ!」と言ってくるんです。この前なんか32歳の人で、「だからこそ言うよ。お前、誰だよ! 32にもなって敬語も使えないのかよ」と返事しました。もちろんこんな風に明るい感じで(笑)。この前、盗撮された時なんかは「どうする? 携帯バキバキにする?」とニコやかに。

――どれだけ人気が出てもそのスタンスを心掛けているわけですね。

スタンスというより、ラッパーではありますが、僕は人見知りだったりしますし、みなさんと同じように普通の人なんですよと(笑)。遅刻しそうな時に写真をお断りすると申し訳ない気持ちになりますし。あと、可能であれば僕に話しかけるのは「CD購入後」でお願いしたい(笑)。

――ツイッター上で告知されていた「ACEを探せ」というキャンペーン(街中でACEを見つけたファンにグッズやサインをプレゼントしたり、一緒に写真を撮ったりするファンサービス)もファン作りの一環だったんですか?

何か新しいことをしたかったのと、ちょうどその頃、みんな「ポケモンGO」をやっていたので。これがまたポケモンよりも見つかりやすくて(笑)。見つけられると列ができてしまったので悔しくて本気を出すと、今度は誰からも見つけてもらえなくなったり。いろいろな人と写真を撮ったりしてあれは楽しかったですね。そこまでやって会いに来てくれる人は本当に好きでいてくれる人なので。ただ、やっぱりCDを買ってほしいですね。CDを買ってくれて自分がいい生活をできるようになったら、100倍にして必ず返します。

メディアとの溝を埋める存在に

――Zeebraさんの「テレビに出てまで売れたくない。OK。それもカッコいい。ただまあ、その間にテレビに出てる他の人達がバカ売れして、結局ヒップホップは人気ないって言われるのはもうゴメンだね」をリツイートされていましたが、ACEさんも同じ思いだと。テレビに出ると批判的な意見も出てくるんですか?

そうですね。しょうがないことではあるんですけど。同じエンターテイメントでも質が違うじゃないですか? ヒップホップの本質は常にリアルであること。やっぱりテレビだと「エンターテイメントを作り込もう」とする。要するに「ラッパーらしくない」「フェイクだ」という人もいれば、「ラッパーのくせになんでCMなんかに出てんの?」「金に目がくらんだ?」とか。本当のヒップホップの概念を理解している人にとっては、テレビに出ることは「ダサい」と。ヒップホップ自体がマイノリティの文化ですから、これは本当にしょうがない。

ただ、僕の意見はヒップホップの本質と、メディアが求めている本質には隔たりがあって、それはヒップホッパーがテレビに出るというのが当たり前の時代が過ぎていて今はそのノウハウがあまりないから。でも、そこの溝はラッパーというものへの理解が深まればなくなると思うんです。互いにバランスが取れていれば「ダサい」という声はなくなるはず。でも、現実問題としては難しいんですよね。

例えばテレビには締め切りがあって、それまでにラップを仕上げてもコンプライアンス的にNGの部分があったりする。そうやってチグハグなまま世に出てしまうことがあったり、ちょっとラップをかじっている人にお願いしたり、それは一般の人からすると大差ないのかもしれない。そちらの方がわかりやすいかもしれないし、お茶の間にはちょうどいい塩梅なのかもしれない。でも、本気でやっている人からすると、「こんなにダサいのが俺らの音楽と勘違いされるのは嫌」となってしまいます。

すると、テレビに出てかっこいいことをやっても、テレビに出ること自体に「ダサい」というレッテルが貼られることになるんです。

――ACEさんはその溝を埋める役目に。

そうですね。がんばっていますけど、最近では「そのダサさがACEだ」なんて言う人もいて(笑)。僕はラップは芸術だと思っていますし、別にイキがってるわけじゃなくてラップには命を懸けて取り組んでいます。そこに関しては絶対に失望させない。ラップがきっかけでヒップホップを知るように入り口になれればいいなと。

キングギドラさんとかZeebraさんとか、ヒップホップは先人の方々がたくさん広めてくださっていて、今の30前後の方々はその世代だと思うんですけど、その次の世代を担えればいいなと思っていて、テレビに出続けて音楽活動をしながら、さらにその先の世代にも。将来的にはラップを健康的な言葉遊びとして教育面にも広めていきたい。ラップで言い合えば、ケンカをしない方法にもなる。そんなことを発信していければいいなと。

あとは僕が突破口を開くことで、ラッパーがテレビに出やすくなる。ACEがここまで言われるんだったら、このくらいまでならやってみようかなとか。バラエティってそうやってできるんだと、ラッパーの中でも興味のある人とない人もいるんですけど、そこのバランサーになれればいいなと思います。あとはテレビの仕事でおかしいものはおかしいといえるくらいまで活躍しなきゃと。