さて、Appleはこうした動きの中でどのように振る舞い、App Storeの収益に結び付けようとしているのか。実は、Apple自身の準備は既に済んでおり、「待ち」の状態と考えられる。

その準備とは、「App Storeの定期購読プランの整備と、長期契約者の手数料割引き」「TVアプリの提供」「iPhoneで定期的に映像を見るサンプルの提供」の3点だ。

Appleは一部のアプリに対して定期購読プランを開放してきたが、これをより広い範囲で適用し、また定期購読2年目のユーザーへの課金手数料について、これまでの30%から15%に引き下げ、アプリ開発者に対する優遇措置を採っている。このことは、テレビ局やチャンネルが独自にApp Store上にアプリを提供し、ユーザーを集めるインセンティブとなりうる。

「TV」アプリ

加えて、Appleは米国市場向けに「TV」アプリを提供した。このアプリは、対応する複数の映像配信アプリを束ねて映像を検索したり、「Up Next」画面で続けて視聴しているシリーズの最新話に1つの画面からアクセスすることができる仕組みを提供している。

TVアプリはそもそも、複数の映像配信サービスを同時に契約する前提で設計されているのだ。アプリやチャンネルが分かれていても、そしてまたiPhone、iPad、Apple TVと、視聴するデバイスが分かれていても、自分が見ている番組を常に楽しめる「成熟したネット映像配信時代」を先取りしたアプリなのだ。

そして、Appleは独自の購読型音楽ストリーミングサービス「Apple Music」で、映像配信をスタートさせている。もちろん、ダウンロード型から新しい音楽ストリーミングへと移行するその象徴的なサービスではあるが、それ以外の2つの目的、すなわちiPhone上での定期購読プランの利用、そしてモバイルデバイスでの映像視聴という2つのスタイルを確立する役割も担っていた、というわけだ。

米国の携帯通信業界では、T-Mobileをきっかけにして、データ無制限プラン(Unlimited)が広がっており、スマートフォンで外出先で映像を見る際の料金面での障害は取り除かれつつある。

Appleは自らが映像配信主体になるという道よりも、新しい時代の映像視聴プラットホームの座を獲得しようとしている。ただそれは決して真新しいものではなく、デバイスはモバイル主体、そしてビジネスモデルはApp Store、という既存のピースをそのまま使うだけだ。その上で、やはりこちらもAppleがこれまでしてきたとおり、アプリ開発者、この場合はテレビ局やケーブルチャンネル、映画スタジオが、独自のアプリをApp Store上に充実させることを「待っている」のである。

松村太郎(まつむらたろう)
1980年生まれ・米国カリフォルニア州バークレー在住のジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。ウェブサイトはこちら / Twitter @taromatsumura