そして2012年、シチズン時計はスイス、プロサー社の株式100%を取得する譲渡契約を結んだ。プロサーは老舗腕時計メーカー、アーノルド&サンやアンジェラスを傘下におさめている。両メーカーともにラグジュアリー志向の強いブランドで、数百万円以上の価格帯がメインステージとなっている。特に後者は1970年以降に訪れた“クォーツ・ショック”により操業を停止していたが2015年に復活。年間の生産本数がきわめて少なく希少だ。そのほか、プロサーは、ムーブメント製造のラ・ジュー・ペレも所有している。
プロサー、そして今回のフレデリック・コンスタントのM&Aにより、シチズン時計はスイス時計市場に一気に迫った格好だ。
これだけ立て続けにM&Aを行っている背景は、冒頭で記述したとおり企業グループとの競争力強化のためだ。
巨大な海外の企業グループ
たとえば腕時計で世界最大のスウォッチ・グループの場合、ブレゲ、オメガ、ロンジン、ハミルトン、そしてスウォッチなど、ラグジュアリーからベーシックまで幅広く取りそろえている。続くLVMHグループはウブロ、ゼニス、ブルガリなどを所有。さらにルイ・ヴィトンやフェンディ、ヘネシーなど時計以外のファッションや高級酒でも存在感を示している。リシュモン・グループにはヴァシュロン・コンスタンタン、ランゲ&ゾーネ、IWC、カルティエといったトップブランドが所属する。
前出の名取氏は、「スイスの企業グループとは役割が違います」と否定するが、巨大グループとグローバルで競争していくには、ある程度のM&Aが必要だったのではないだろうか。
そしてもう一点。スウォッチ・グループは世界最大のムーブメント製造企業、ETA社を所有している。1990年代から復活し始めた機械式時計メーカーのほとんどが、このETAからムーブメントの供給を受けた。ところがスウォッチは、外部グループの腕時計メーカーへのムーブメント供給を停止する方針をしばしば示している。これは2000年代前半からくすぶっている問題で、スウォッチは完全供給停止と撤回の発表を繰り返している。スイス時計市場の“アキレス腱”ともいえる問題だ。
シチズン時計がムーブメント製造企業を所有するプロサーを傘下におさめたこと、マニファクチュールとして自社ムーブメントを製造できるフレデリック・コンスタントをグループ化することは、この問題が無縁ではあるまい。
さて、名取氏は「今回のM&Aで、“ブランド・ピラミッド”は一応の完成をみました」と話すが、「身丈に合ったM&A先があれば……」とももらす。ひょっとしたら、また意外なM&A劇が見られるかもしれない。