日本酒はいうまでもなく日本の歴史と文化、民俗、そして土地、水、空気……すなわち日本各地のテロワールに根ざした酒であり、そのおいしさ、良さを海外に伝えるといっても、まずは日本人がそれを知らなければならない。まだまだ日本人自身が日本酒の本当のおいしさを知らない、というのは、日本酒に携わるさまざまな方面の人々から日常的に聞かれる言葉である。
酒造りのストーリーに就いても知ってもらいたい
それゆえ今回のプロジェクトのように、日本人を動かすというベースの上で海外へ向けたアプローチを築き上げることの大切さを、竹下さんは強調する。竹下さんの実家の蔵も、近年は規模が縮小し、使用していないタンクや麹室がある。そうした余剰施設を活用し、かつ仕事がなくなった杜氏や蔵人がふたたび活躍できる場を模索するのは、いわば差し迫った課題でもある。いい酒を造りつつも、同様の課題を抱える小さな蔵は全国に山ほどある。日本酒のおいしさはもちろんのこと、そうした現状……すなわち酒造りにまつわるストーリーについても、日本人に知ってほしいと竹下さんは語る。
人々に広めるためには、自らの体験が重要だろう。だから同社では、「スタッフ全員が酒造り・米作りの現場を経験」することにもこだわっている。1日2日ではなく、現地に長期泊まり込んで作業に取り組む。酒造りの時期は4カ月。冬期間の早朝からの水作業は味を守るため素手で行うため、とにかく寒くて冷たい。また、日本酒は汚れが大敵であり、掃除にも気を遣う。瓶詰めもラベル貼りもすべて手作業だ。実家が蔵元である竹下さんとは異なり、古原さんはここで初めて酒造りの現場を知った。
「もともと日本酒が好きだったので、酒造りの工程については知っているつもりでしたが、実際に携わるようになると、想像以上に手が込んでいることに驚きました。とくに私たちが行くのは手作りの小さな蔵ですから、本当に地味な作業の連続。こうして携わったからこそ、日本酒がさらに大好きになりましたね」。
当初は竹下さんの実家1蔵でスタートしたが、創業後の昨冬は2蔵となり、さらに今年の冬は大分県と埼玉県の2蔵も加わって4蔵体制になる。倍、倍と順調に増えている。蔵側からの問い合わせも多い。
「現状、社員は6人なので、この4蔵でも一杯一杯なのですが、目指すところは5年で30蔵。ワインのテロワールという考え方を日本酒にも取り込み、“テロワール×無濾過生原酒”にこだわり続けることで、全国のいろいろな蔵に展開したいと考えています」(竹下さん)。
「私たちは、造る立場に立って事業に取り組んでいます。一方では実際に日本酒が大好きで、世界中の日本酒ファンと触れ合う立場にもあるわけですから、いわば酒造りの両末端をつなぐ位置にいるのだと自負しています」(古原さん)。
自分たちが提案する無濾過生原酒を呑んでさえもらえば、その価値はわかってもらえるはず。実際に展示会などで、彼らはその確かな実感を得ている。本物の味はきっと、日本人だけでなく、アメリカの人たちにもわかる。その信念を原動力に、同社は今後も国内・海外を問わず、日本酒のおいしさを伝える活動を展開していく。