ここ数年のシャープの白物家電製品には、ひとつの特徴がある。それが、「ネイチャーテクノロジー」の活用である。自然を学び、自然の造形などが持つ効率性や特徴を製品に応用することで、白物家電を進化させている。アホウドリ、イヌワシ、イルカ、アサギマダラ蝶、トンボといった生物のほか、太陽、河川、台風といった自然環境も学びと応用の対象だ。現在、80件以上の特許を申請し、26品目に22のネイチャーテクノロジーを搭載している。これまでの技術では実現できなかった性能向上や効率化を成し遂げるシャープのネイチャーテクノロジーへの取り組みを追ってみた。

航空工学から生物模倣学へとシフト

「自然に学ぶのがシャープのスタンス。そこから、社会に貢献することができる製品を生み出していく」

シャープ コンシューマーエレクトロニクスカンパニー 健康・環境システム事業本部要素技術開発部・大塚雅生部長はネイチャーテクノロジーの位置づけについて、こう切り出した。

シャープ コンシューマーエレクトロニクスカンパニー 健康・環境システム事業本部要素技術開発部・大塚雅生部長

シャープがネイチャーテクノロジーを家電製品に採用したのは、2008年11月に発売したエアコンの室外機が最初だった。もともと、大塚部長は航空工学の専門家であり、送風ファンの設計において、空気の流れを最適化できる航空工学の知見を利用し、効率化・省エネ化を図ることに成功していた。

だが、さらなる省エネへの要求が高まるなかで、航空工学を利用した技術的改善は頭打ちの状況となっており、大塚部長自身、その進化に限界を感じつつあったという。

そうしたなか、大塚部長が偶然出会ったのが、生物模倣学 (Biomimicry)であった。

ある日、水生生物に関する学会を訪れた大塚部長は、イルカが持つ不思議な魅力に惹きつけられた。学会で発表されていたのは、イルカの生態。イルカは瞬間的に時速50kmの速さで泳ぐことができるものの、その速度を出すために必要とされる筋肉に対して、イルカは7分の1の質量しか持っていないという内容だった。つまり、少ない筋肉量で、効率的に泳ぐことができるというわけだ。これはグレイのパラドックスと呼ばれており、その理由はいまだに解明されていない。

「イルカの話を聞いて、まさに目からウロコが落ちた。これを白物家電の技術進化に生かせるかもしれない」

そう考えた大塚部長は学会に足繁く通うようになり、白物家電への応用を模索し始めた。そんなときに、ある学会で、体の大きさが小さく、受ける風速が小さい、鳥や昆虫の翼が航空機の翼よりも高効率であることを知った。

航空工学による造形は、飛行機程度の大きさを持ち、強い風速のなかであるからこそ高効率を実現できる。その考え方を白物家電のような小さいものに持ち込むだけでは、効率化には限界があったというわけだ。

対象となる物体が小さく、風速が小さいことを、「レイノルズ数が小さい」というが、白物家電のすべてがこのレイノルズ数が小さい環境にある。航空工学よりもレイノルズ数が小さい環境で飛翔している鳥や昆虫の方が白物家電に近いことに気がついたのだ。

そこで大塚部長はこの考え方に基づいて、エアコン室外機の送風ファンへの応用を試みた。

エアコン室外機のファンブレードのレイノルズ数に比較的近い鳥の翼の平面形状を応用。50種類以上の試作品を作り上げ、試行錯誤の結果、最も効率的な形状を作り上げることに成功した。

ここでは、すべての鳥のなかで最も滑空力が高く、数万kmも飛び続けることができる高効率翼を持つアホウドリと、強い乱気流のなかでも安定した飛翔ができるイヌワシに着目。アホウドリの細く、鋭い翼平面形状と、イヌワシの先端が分かれた翼平面形状をファンブリードの形状として採用した。また、ほとんどの鳥の翼にある「小翼羽」を応用することで、周辺に渦を発生させ、翼面の剥離を抑えることができた。これにより、従来のファンブレードには必要だったボス部を廃止でき、ファンブレードそのものを大幅に軽量化することもできたという。そして、これはモーターの小型化にも寄与。結果として室外機全体の軽量、小型化につながった。

成果は予想以上だった。ファンの羽根の形状を変えただけで、効率性が大幅に高まり、同時に低騒音化、軽量化、省資源化を実現。消費電力は20%も削減できたというから驚きだ。