日本での展開を読み解く
Apple Payがなぜ米国で比較的歓迎をもって受け入れられたかという点に触れると、「使い勝手」と「対応店舗の多さ」の2つが理由だと筆者は考えている。まずiPhone 6以降の端末を所持しており、同サービスに対応した銀行が発行するカードさえ持っていれば、あとはカードをカメラで情報をスキャン(もしくはiTunesの登録カードからコピー)するだけで、銀行による登録承認の儀式を通過すればすぐにでも利用を開始できる点が、ユーザー登録といった面倒な作業なしに誰にでも使える手軽さで"ウケ"たのだと思う。
米国では銀行口座を開くと当時に、クレジットカード発行の案内とは別に「ATMカード」が郵送されてくる。このATMカードはいわゆる「デビットカード」であり、クレジットカードと同様に16桁のPANと呼ばれるカード番号が記され(桁数はカード会社による)、MasterCardやVisaのマークが施され、通常のクレジットカードと同様に対面取引やオンライン決済に利用できる。そのため、サービスに対応した銀行口座さえあれば誰でもすぐにApple Payの利用が開始できるというわけだ。
次の対応店舗の多さだが、米国では2015年10月を期限に「ライアビリティ・シフト」が実施され、小売店などでの決済ターミナルやPOSシステムの「EMV」対応が事実上義務化された。EMV(Europay, MasterCard, Visa)とは、ICチップを使ったクレジットカード決済の保護方式で、従来の単純な磁気カード方式の時代に比べてセキュリティ上の対策が施されており、より安全性が高いとされている。ライアビリティ・シフト以降、このEMVに対応しない店舗では「(情報漏洩など)カード利用による損害を小売店が被る」ようになり、それまでのカード会社(イシュア)の責任が移譲(シフト)されている。
実際のところ、義務化以降も米国ではEMV対応率が100%には達していないのだが、数年前から大手小売チェーンを中心にEMV対応が段階的に推進されてPOSなどのシステム入れ替えが発生している。必須ではないのだが、EMV対応のオプションとして「NFCによる非接触決済」の機能が用意されており、ライアビリティ・シフトを契機に非接触決済対応の小売店が続々と増えていた。Apple Payが登場したのはちょうどこのタイミングであり、数年前から細々とサービスを続けていたGoogle Walletなどに比べ、利用可能店舗が圧倒的に増えていたことが大きい。これは偶然ではなく、おそらくApple自身がこのタイミングを見計らっていたのだろう。そして、Apple Payが比較的好感触をもって迎えられたのを見て、EMV対応における非接触オプション導入に傾いた小売店も少なからずあるはずだ。オーストラリアや一部都市国家などを除けば、このペースで対応店舗が増加しているのはおそらく米国がトップで、非接触決済サービス展開の台風の目となりつつある。
翻って日本ではどうだろうか。政府では2020年の東京五輪を契機にEMV対応率100%を目指しているというが、ほぼ対応が完了している欧米諸国に比べると遅れているのが現状だ。日本では現金決済率が高く、さらにクレジット未対応の小売店も多い。電子マネーの導入は進み始めているが、決済端末の多くは海外で一般的なMasterCardやVisaなどが推進する非接触方式とは異なっており、互換性がない。つまり、Apple Payをそのまま利用できるインフラがほぼ存在していない。そもそも、電子マネーで利用されるFeliCaとApple PayのType-A/B方式は直接の互換性はないため、この点もネックとなる。そのため、まずは国内での対応インフラの整備が必要となるが、2016年中の完了は難しいとみている。Appleは利用可能店舗が一定水準に達するまで国内ローンチをしない可能性が高いため、もう1~2年ほど期間が必要だと筆者はみている。