日本一に輝いたカクテルを求めて
最後に訪れたバーは、四条通から御幸町(ごこまち)通を南へ下り、仏光寺通を越えた先にある「Bar Rocking chair」。「BAR 奥」からも比較的近く、歩いて7分ほどだ。「ロッキングチェアー」という店名は、"暖炉の前でゆったりくつろいでお酒を楽しんでほしい"という思いから付けたそうだ。
同店のオーナーバーテンダーである坪倉健児さんは、2015年6月に開催された「第42回全国バーテンダー技能競技大会」で総合優勝を果たした腕前の持ち主。同大会で優勝を勝ち取った作品は、「Rise(ライズ: 立ちあがる)」というジンベースのカクテル(1,300円)。フルーティーな中に、しっかりとジンの主張があるパンチの効いた一杯だ。
このカクテルの名前には、立ち止まっている人の背中を後押しする「さあ、立ちあがろう! 」という励ましのメッセージが込められているという。坪倉さん自身にも、背中を押されて大事な決断をした経験があるそうだ。
坪倉さんは、学生時代は社会科の教師を目指して東京と北海道にキャンパスのある大学に通っていた。その頃、客として通い詰めたのが、東京都渋谷区にあったバー「コレオス」と北海道岩見沢市にあった「バー瀧山」だ。バーに通いながらマスターの温かい人柄に触れるうち、次第にバーテンダーになりたいという気持ちが強くなっていった。
あるとき、教師になるべきか、バーテンダーになるべきかを悩む坪倉さんは、「コレオス」のマスター・大泉さんに「バーテンダーをやっていてよかったですか? 」とたずねた。普段は照れもあって「バーテンダーなんて」と言っていた大泉さんが、その時坪倉さんに「やっててよかったね」とつぶやいた。
その一言に強く背中を後押しされ、坪倉さんはバーテンダーへの道を歩み出した。尊敬する先輩バーテンダーにしてもらったように、今度は自分が誰かの背中を後押しして勇気づけてあげたい、という気持ちが「Rise」を生み出したのだ。
また、坪倉さんは、今年「全国バーテンダー技能競技大会」で総合優勝に輝く前、2013年と2014年には同大会で2年連続総合2位という結果に終わっていた。そのときは、うれしさよりも悔しさでいっぱいで、しばらくは前に進む気持ちになれなかったという。「Rise」には、他の人の背中を後押しするだけでなく、そんな自分自身を後押しする「負けるもんか! 」という気持ちも込められているのだ。
なお、同店では、2013年の作品「Luster(ラスター: 栄光)」や2014年の作品「Allegresse(アレグレス: 歓喜)」も楽しめる(いずれも創作部門1位受賞)。それぞれの受賞カクテルを飲み比べてみるのもよいだろう。もちろん、好みに応じたカクテルもつくってくれるし、ポートワインの品ぞろえも充実している。
●infomation
Bar Rocking chair
京都市下京区御幸町通仏光寺下ル橘町434-2
定休日: 火曜日
営業時間: 17:00~翌2:00
最寄り駅: 阪急京都線「阪急河原町」駅
今回は、京都市内の代表的な町家バー3軒を訪れてみた。それぞれにこだわりや特徴、おすすめの一品などがあるので、一軒でゆったり過ごすのもよし、ハシゴを楽しんでみるのもよしである。
※記事中の情報・価格は2015年9月時点のもの。価格は全て税別
著者プロフィール: 森川 孝郎(もりかわ たかお)
旅行コラムニスト。京都・奈良・鎌倉など歴史ある街を中心に撮影・取材を行い、「楽しいだけではなく上質な旅の情報」をメディアにて発信。観光庁が中心となって行っている外国人旅行者の訪日促進活動「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の公式サイトにも寄稿している。鎌倉の観光情報は、自身で運営する「鎌倉紀行」で更新。