将棋の進行は大まかに分けて序盤、中盤、終盤の3つに分類される。序盤はそれぞれが攻撃態勢、防御態勢を作る段階。その態勢を整えた中盤は双方の駒があちこちでぶつかり戦いが始まる段階。そして終盤は戦いの結果、双方の玉に手が届く形となり、最後の詰みに直結する段階といえる。
ソフトが最も力を発揮するのは中盤戦ではないかと言われている。手が広い局面で、人間が最初から読みもしない箇所にて思わぬ指し手を繰り出すこともあるからだ。逆に言うと人間は早く終盤戦に持ち込みたい。読む箇所が限定されてしまえば、幅広く読むソフトよりは、狭く深く読む人間のほうが勝る可能性が大きくなる。
△2九飛成以下の進行は▲7四歩△同歩▲8五桂△2二角▲同角成△同金▲4九桂△1九竜▲7三歩(図4)。これはすでに終盤の局面と言ってよい。
「何とかなると思った」という銀得に加えて早く終盤に持ち込みたいという対ソフト戦ならではの心理。その2つが図3からの▲2七歩を稲葉七段に選ばせたのではないか。早く優勢になりたかったはずなのに「案外、後手玉が寄らず、こちらの玉も思った以上に不安定でしたね」という展開は誤算だったに違いない。戻って▲2七歩では▲6七銀と穏やかに指しても先手持ちではありそうと稲葉七段は明かした。
さらに稲葉七段にとって重大な蹉跌は図4からの△8二玉にあった。人間ならば△7三同桂や、あるいは玉を逃げるにしても広い側の△6一玉を選びそうである。
「△8二玉には▲5五角が利くと思っていました」と稲葉七段。▲5五角以下△7五香▲同飛△同歩▲7四香で良いと考えていたが、△8九飛と打たれる形がものすごく厳しいことに気づいた。本局では▲7四飛と△7五香の順を避けたが、飛の横利きがなくなったので△6六桂が猛烈に厳しい。以下▲6七玉に金を取らず△5八角と追撃をかけて▲6六玉△8五角成と進んだ局面は「これは先手が相当に辛そうです」と控室の空気も重くなった。
筆者は「第2回将棋電王戦」以降、全ての対局を現場で取材しているが、人間が勝ちのと負けのときの空気の違いは実に大きなものがあると思う。ましてや今回は前2局がいずれもプロ棋士の勝利だったため、よりその差を感じるのだ。
敗勢の稲葉七段にとって最後の望みは入玉。入玉を果たしてしまえば自玉を寄せられる心配がほとんどなくなる。となると後は駒数勝負だ。ここまでかなりの犠牲を払っているが、コンピュータ将棋は入玉の駒取り合戦にそれほど強くない。「玉を詰ます」という目的を「駒を取る」というものに切り替えることが難しいからだ。第2回第4局で塚田泰明九段が必敗の将棋をなりふり構わぬ指し方で持将棋に持ち込んだことを思い出される方もいるだろう。
ただ、相入玉の将棋は苦手でも、その前に玉を捕まえてしまえば別だ。稲葉七段は敗戦について、前記の心理要因に加えて「相手の方が読みが上回っていたので完全に力負けです」としている。