――平成シリーズを始めるにあたって、演出のポリシーみたいなものはあったのでしょうか?「昭和のゴジラシリーズとはここを変えていこう」というような。
生き物としてのゴジラをちゃんと表現したいという思いは『VSビオランテ』を準備してる段階から考えていた。ゴジラの「生物感」というものを大事にしようと。
――生物感というと?
例えば動物が敵に出会ったり異変を察知すると、まず首が動くよね。だけど昭和のゴジラはそういう生物的な動きがほとんどなかったんだ。ゴジラは確かに空想の生き物だけど、僕は見てくれるお客さんに「ひょっとしたらゴジラは本当にいるのかもしれない」という気持ちになって欲しかった。だから平成のゴジラは、眼だけの動き、首だけの動き、尻尾だけの動き。そういった生物的な細かい動きをしっかり撮りたいと考えていたね。それは『VSビオランテ』から最後の『VSデストロイア』までしっかりと踏襲できたんじゃないかな。もっとも田中友幸プロデューサーには「ゴジラは動物じゃない。怪獣だ!」なんて怒られたんだけどさ(笑)。
――ゴジラの顔の形が統一されたのも『VSビオランテ』からでしたね。
それも生物感ということと関わりがある。昭和のシリーズは作品によってゴジラの顔の形がバラバラだったでしょ。それを平成シリーズでは統一したいと考えていた。実際、『VSビオランテ』から『VSデストロイア』まで、ゴジラの顔の形は同じ型を使ってる。毎回顔が変わる生き物なんかいないし、それに顔がバラバラだとお客さんの中のゴジラのイメージもバラバラになってしまう。だから造形を統一することで「ゴジラはこういう生き物だ」ということを示したかったんだ。
――確かに、その後ミレニアムシリーズでゴジラの造形は刷新されたにも関わらず、現在東宝のスタジオ前に立っているゴジラ像は川北監督時代のゴジラです。
スタジオの壁に描かれた高さ11mのゴジラの壁画も『ゴジラVSスペースゴジラ』(1994年)のときのゴジラらしいね。やっぱり顔を統一したことで、いろんな人に「共通のゴジラ像」として認知されたんじゃないかな。
バラバラということでいえば、昭和のゴジラシリーズはストーリーにも一貫性はなかった。それを平成シリーズでは、1984年の『ゴジラ』から最後の『VSデストロイア』までを、連続した一本のストーリーにした。本当の意味での「シリーズ」にしたかったんだよね。
――『VSビオランテ』以降全作品に登場した三枝未希(小高恵美)にしろ、海に墜落したメカキングギドラの残骸がメカゴジラになるという設定にしろ、複数の作品にわたってストーリーや登場人物が引き継がれていくというのは、確かに他のシリーズでは見られないことでした。
そしてその中で、いろいろなエンターテインメントの要素を入れていこうと。大森一樹(監督、脚本として平成シリーズでは計4作品に参加)ともよく話してたんだけど、ゴジラ映画というのは「何でもアリ」なんだよね。戦争映画でありSF映画であり、コメディにもなりうる。だから『VSビオランテ』のようなバイオやコンピュータをテーマにした大人向けの作品から、『VSモスラ』のような女性や家族向けの作品まで、シリーズの中でも幅ができた。そういうところがいろいろな年齢層のお客さんに受け入れられた理由なんじゃないかな。
――そんな平成シリーズも、『VSデストロイア』において「ゴジラが死ぬ」というラストシーンで幕を閉じます。当初はゴジラに対する思い入れが薄かったはずの監督も、ゴジラが死ぬシーンを撮るときは「寂しかった」とおっしゃっていますね。
年取ると感情移入しちゃうんだよ(笑)。ゴジラをどうやって殺そうかと考えたときに、最初はデストロイアと戦って死ぬというアイデアもあったんだけど、やっぱり後につながっていくような形で死なせてあげたかった。だから、体内の核エネルギーが暴走して内側から溶けてしまうという尊厳死の形を選んだんだ。
クライマックスでゴジラの皮膚や背びれが溶けていくシーンがあるけど、あれはCGじゃない。ワセリンで作ったゴジラに熱を当てて本当に溶かしてるんだ。そして、溶けたゴジラの身体から辺り一帯にまき散らされた放射能を、今度はゴジラジュニアが吸い込んで新たなゴジラになる。シリーズを通して描いてきた「命の受け渡し」というテーマを象徴的に表した、我ながらいいシーンだと思うんだけどね。