――砂田監督は本作で宮崎監督だけでなく、高畑監督、そして鈴木さんも追いかけていますよね。映画のポスターには3人が座っている姿が写っています。
宮崎監督が天才なのかどうかは私にはわかりません。ですが、天才だとしたら、その天才がなぜ存在し続けられるのか。それは鈴木さんと高畑監督がいるからだということに気づいたんです。ずっと宮崎監督の側にいる鈴木さんと、一定の距離を保ちながらも常に存在を放つ高畑監督。彼ら3人のトライアングルが成立していることが、宮崎監督がこれだけ長くアニメを作ってこられた理由なんじゃないかと思うのです。そして、そこにこそジブリの狂気があると私は思います。
――「狂気」はタイトルにも入っている言葉です。思わずドキッとする単語ですが。
ジブリの狂気といっても、別に誰かが声を荒らげたり、毎日リストラがあったりするわけではありません。逆に、ものすごく平和な場所で、常人では想像もつかないような驚異的な創作活動が行われていること、そして3人合わせて200歳を超えるような人たちが、もう30年以上同じことを毎日繰り返していること、そこに狂気を感じたのです。
――具体的に狂気を感じた場面も?
宮崎監督の狂気はまだわかるのです。理解できるかと言われると、それは簡単には理解できませんが、芸術家が常人では想像つかないような創作の世界に入っていくことは、いろいろなところですでに語られています。そういう部分は、現象としてはわかりやすい。でも、複雑なのは鈴木さんの狂気です。
――鈴木さんにも狂気を感じることが?
怒鳴るとか、そういうことは少なくとも今はありません。ジブリが方向性を見失わないようにすべてに目を光らせているのが鈴木さんなんです。例えば宮崎監督とは30年以上の付き合いでありながら、それだけ長く一緒にいてもお互い敬語で、決して馴れ合わないんですね。そうした距離感も含めてすべて計算されている。鈴木さんのすさまじい程の頭の良さに、怖い人だと感じる瞬間がありました。
――なるほど。いつも宮崎監督と一緒にいる鈴木さんと違って、3人目の高畑監督はなかなか登場しませんよね。だけど宮崎監督はいつも高畑監督の話をしている。ここも面白い関係性ですよね。
そうなんです。ポスターを見ていただくとわかるのですが、宮崎監督と高畑監督の間に鈴木さんが座っていますよね。これが、正しい配置なんです(笑)。3人の距離感や関係性を見事に表しています。
――面白いですね。初めて見る方はもちろんですが、映画館で見たという方も、そういった関係性に注目して、もう一度見てみると新しい発見がありそうです。
私がジブリに通っていた2012年秋から1年間で、『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』が同時に制作され、公開されました。このことは偶然ではなく、意味があることだと思っています。私のカメラはほとんどジブリの外に出ることはありません。ですが、ジブリの中だからこそ時代の流れを感じて、それを記録できたと思っています。宮崎監督や鈴木さん、彼らの話している一言一言に耳をすませて聴いてみると、見えてくるものがあると思っています。彼等の言葉を一語一句逃さぬよう、ぜひ日本語字幕をオンにして見てほしいですね。
砂田監督が本作を撮っていたちょうど同時期、宮崎駿監督が長編アニメ制作からの引退を発表した。巨匠不在となったスタジオジブリは、どう変化していくのか。ジブリの今後を占うヒントが、もしかすると『夢と狂気の王国』に隠されているかもしれない。
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