『秒速5センチメートル』や『星を追う子ども』など、数々のヒット作を手掛けるアニメーション監督・新海誠氏の最新作として2013年に公開された『言の葉の庭』。現代の東京を舞台に描かれた初の「恋の物語」は、鮮やかにして、緻密なビジュアル表現、悲哀に満ちた人間ドラマなどで、観る者の心を魅了し、大きな話題を呼んだ。
そのノベライズである『小説 言の葉の庭』は、映画公開中に『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA・メディアファクトリー刊)にて、監督自らが連載を執筆し、46分という上映時間の中では描かれなかった人物やエピソードを盛り込みつつ、新たな世界を展開。映画とはまた異なる新海ワールドを味わうことができる。
4月11日には単行本化された『小説 言の葉の庭』が発売。そこで今回は、そのノベライズを自ら担当した新海監督自身に、あらためて小説版の魅力を語ってもらった。
新海誠監督が語る『小説言の葉の庭』
――監督の作品はほとんどノベライズされていますが、そのあたりは監督のご意向ですか?
新海誠監督「今回の『言の葉の庭』の小説化については、ぜひ自分でやらせていただきたいと思ったので、僕の意向なんですけど、ほかの作品についてはケースバイケースです。『秒速5センチメートル』も自分で書いたんですけど、だいぶ前のことなのであまり覚えていません(笑)。基本的にはお話をいただいて、初めてノベライズに向けて動くという感じですね。これはコミカライズも同じです」
――映像作品を小説化することについては積極的なほうですか?
新海監督「すべての作品が結果的には小説になっていますが、僕自身の意向というよりは、たまたまそういう機会をいただけて。ただ、小説化していただくこと自体はとてもうれしいですし、実際に出来上がったものを読んで、プロはやっぱりすごいなって毎回思っています(笑)。自分で書いたもの、今回の『言の葉の庭』や『秒速5センチメートル』については、映画を含めたプロジェクトのひとつという位置付けにはなりますが、今回の『小説 言の葉の庭』では、"ノベライズ"という言葉のイメージ以上に、ひとつの独立した小説としても楽しんでいただけるものにしたいと思って書きました」
――以前監督は、ほかの方がノベライズした作品は悔しくなるのであまり読みたくないとおっしゃってましたよね
新海監督「僕が書くよりも断然上手いですから。今回も、別の方にお願いすれば大変良いものが仕上がってくるとも思ったのですが、そういう悔しい思いをしたくないという気持ちがあったので、自分で書きました(笑)。特に『言の葉の庭』に関して言えば、書きたい要素も多かったし、ある程度良いものができるんじゃないかという自分なりの勝算もあったので、誰かにやられる前に自分でちゃんと書いておきたかったんです」
――監督は脚本も書いていらっしゃいますが、脚本の段階からディテールはかなり詰まっている感じなのでしょうか?
新海監督「もちろん映画の表面的なこと以外にもいろいろと考えることがあって、お母さんがいつ頃にお兄さんを産んだとか、いつ頃に離婚しただとか、ユキノさんをいじめていた相澤という女の子は、映画だと単純な悪役として描かれていますが、彼女もただの悪役ではなく、彼女なりの事情があって……みたいなことは一応考えています。ただ、その具体的な内容については、小説を書くときになって、あらためて考え直したというか、そこで初めて肉付けをしていった感じです。それも、自分の中にあった材料だけで肉付けをしたのではなく、劇場で公開されて、観客の皆さんからの声を聞き、積み重なっていったものから引き出されたという感覚が強いです」
――それは『秒速5センチメートル』のときも同様ですか?
新海監督「『秒速5センチメートル』は3つの章に分かれていますが、第1話と第2話はまさにノベライズ的というか、映画の脚本どおりの流れで、言葉は増やしていますが、かなりストレートに映像を文字にした感じでした。第3話に関しては、映像がとっても短かったので、小説でもっと拡げようという意図はありました。ただ、『秒速5センチメートル』は、自分にとって初めて仕事として小説を書くという作業だったので、物語を映画に沿ってどのように書くか、ということしかできていなかったと思います。今回の『言の葉の庭』は、気持ちの上でも余裕がありましたし、掘り下げる余地もこれまで以上に深かったと思うので、どこまで掘り下げるべきか、全国の舞台挨拶まわりをしながら、観客の声を聞きつつ考えていった感じです」