双方が避けてきた横歩取り
序盤からビシビシとノータイムで指し進める豊島七段。局面は将棋電王戦では初登場となる「横歩取り」という戦型に進んだ。
前回の将棋電王戦では、第3局で船江恒平五段が横歩取りを目指したのに対して、相手のツツカナは、プロの研究にはまる危険があるとして定跡外の手で避けている。第4局では、横歩取りを得意とする塚田泰明九段が、事前の練習で勝率が悪かったことから避けていた。双方が避けてきた横歩取りとは、どんな戦型なのだろうか。
横歩取りは、現代のプロ棋界で主流となっている作戦だ。その特徴は、飛車・角・桂といった飛び道具が序盤から飛び回り、激しい戦いになりやすいことにある。その雰囲気をサッカーに例えて見よう。
ミッドフィルダーを多く配置して、ボールの支配率を上げて試合の主導権を握るのが現代的なサッカーの戦術だが、横歩取りはその正反対の作戦となる。ゴール前を最低限固めておき、フォワードに多数の人員を配置。ボールを取ったら前線にロングパスを放り込み、ひたすらシュートを狙う。もちろん、相手にボールが渡れば、まったく逆のことをやりかえされる。チャンスとリスクが表裏一体となった戦術なのである。
そのような激しい戦いでは、人間ならではの感覚である大局観を発揮するチャンスが少なくなり、コンピュータに分があるとする見方がある。逆に、激しい戦いではコンピュータの浅く広い読みよりも、プロ棋士の範囲を絞った深い読みが上回る、とする正反対の見方も存在する。
果たしてどちらが有利なのかはわからないが、横歩取りがプロ間でもっとも深く研究が進んでいる戦法であることは事実。そして豊島七段はその研究の最前線に立つひとりである。プロにとっては、禁断の最終奥義を用いた戦いといえよう。
プロの前例1000局にない手
21手目の局面まで、横歩取りの定跡の進行である。プロの戦いでもこれまでに1000局以上も指されている。その当たり前の局面で、控室の遠山雄亮五段が妙なことを言い出した。
「YSSはこの局面で、ときどき△6二玉と指すらしいんですよ。豊島さんは『そう進む確率は5%ぐらい』と言っていましたが、相当研究したみたいですよ」(遠山五段)
そう遠山五段が言ってから数分後に、電王手くんが動いて△6二玉が指されたのだ。
△6二玉は、見たことがない手だ。将棋連盟のデータベースに収録された1000局以上の前例でも一度も指されていない。一言でいえば「意味が分かりません」という手である。△6二玉をなぜプロは指さないのか。そしてYSSが指した理由はなにか。