赤丸部分に黒が打てば、左上での攻防はZenの勝利となる

お互いが最善手を打った結果、左上は「セキ」になる見通しが立ってきた。「セキ」とは「黒白が両方生きている状態」のこと。つまり、平田三段は絶対に殺さなければならなかった左上の黒石を殺せなかったということになる。

あとは黒番のZenが赤丸の場所に打てば「セキ」が完成する。そうなれば左上の白の陣地は消滅する。

――と思われた次の瞬間、Zenが打った手は意外なものだった。

まさかの一手

なんと、左下ではなく、中央のこの場所に打ったのである。せっかくの「セキ」にするチャンスを放棄して、なぜZenがこの位置に打ったのか。

死んだと思われていた白が今になって効いていた

実はこの右側、白が少し前に打った「A」の石が効いており、わずかなほころびが生じていた。ここを白に突かれると、黒がすっかり殺した気になっていた「B」と「C」の石が復活してしまう。そうすると、今度は逆に右側の黒地が消滅し、白の勝利となってしまう。

Zenはこれに気づいた。本来ならどうあっても左上を「セキ」にすべきところだが、代わりに右下の白が蘇ってしまっては意味がない。だから、中央のほころびを慌てて補強したのだ。Zenのこの判断は間違ってはいない。

それでもZenは一度ここに打つべきだった

しかし、それでもZenはこの赤丸部分に打つべきだった。なぜなら、Zenがここに打った後に平田三段は一旦左上を補強する必要があり、Zenが右側を防御するのはそれからでも間に合っていたからだ。これなら左上がセキにできなくても、半目(0.5ポイント!)というギリギリの差でZenが勝利していた。

ここでZenが投了し、平田三段の勝利となった

ところが、Zenはそれをせずに、いきなり右側を防御した。より有利な形で「セキ」を回避できた平田三段は、無事左上の黒石を殲滅することに成功。この時点で白の勝ちは揺るぎないものとなった。Zenは投了(途中でギブアップすること)し、平田三段の勝利が確定した。

平田三段が序盤で黒地に打ち込み、以降ずっと死んだも同然の状態となっていた2つの白石が、最後の最後でZenの判断を狂わせ、息の根を止めたのだった。

人間側が勝利したものの、かなりギリギリの戦いだった。Zenはその強さを十分に見せつけたが、最後は平田三段がなんとかプロの意地を見せた。この日は平田三段と張八段がそれぞれ2戦ずつ対局したが、結局Zenがプロ棋士を追い詰めたのはこの最初の一局のみで、残りの3戦はプロ棋士がZenを圧倒した。

勝負を終えて安堵の表情を浮かべる平田三段。このあとの対局は快勝し2連勝した

張八段も危なげなくZenに2連勝した

プロ棋士がZenの打ち筋を研究してきたからというのももちろんあるが、やはりまだコンピュータではプロ棋士には及ばないということを強く感じさせられたイベントであった。