少し局面が進み、黒と白の戦略がそれぞれかなり見えてきた。白は左上を中心に上辺と左辺に陣形を展開している。広さはないが、それはすなわち黒が入ってきても生きられる可能性が薄いということでもある。「どれくらいの広さであれば生きられる可能性があるのか」は囲碁経験者でないとわからない部分だが、ともあれ左上の白の陣地に関してはほぼ確定したと見ていい。
一方で黒は右下を中心に下辺から右辺へと陣地を展開している。何となく白よりも広そうに見えるが、右下で息を潜めている白石がまだ死にきっていないのが気にかかるといった状況だ。
ここでZenが打った十三手目が、勝敗を分ける最初の手となった。未だ両者手付かずであった右上のエリアを黒の陣地にすべく進出した一手であり、その戦略自体は悪くはないのだが、打つ場所がちょっと弱気すぎたのだ。
解説の武宮正樹九段によれば、Zenはここで一つ左のこのポイントに打つべきだったという。その方が右上の黒の陣地がより大きくなるからだ。一つしかズレてないじゃんと思うかもしれないが、ことはそう単純ではない。ギリギリの戦いにおいては、このズレが大きな違いとなって後に襲いかかってくることになるのだ。しかし、平田三段にもミスがあり、勝負はここからまだ二転三転していくことになる。
終盤に入り、陣地もほぼ確定してきた。左下から右辺にかけて展開する黒と、左辺から左上、右上に至るまで、細く長く陣地を広げた白という構図だ。終盤に入ると、囲碁は「ヨセ」と呼ばれるフェイズに入る。ヨセとは、相手の陣地に外からちょっかいを出し、少しでも削っていこうという攻撃のことだ
ヨセの段階までくると、コンピュータはかなり正確だ。感覚で打たなければならない序盤は不利でも、明確な答えがある問題に対してはコンピュータは人間には不可能な強さを発揮する。
とはいえ、現在の形勢は十三手目のZenの弱気もあり、若干白の平田三段が有利という状況である。終盤には無類の強さを発揮するコンピュータだが、プロ棋士もここまでくると強い。このまま平田三段が押し切るかと思われた局面だったが、ここで最後の戦いをZenが仕掛けた。
それがこの局面だ。黒が左上の陣地に殴りこみ、右上の白と左の白を強引に分断したのだ。赤丸で囲った白を見てもらえれば連結できていないことがわかるだろう。このまま左上の黒石2つを取ることができなければ、白は陣地どころか生死すらも危ぶまれる状況だ。特に危ないのは左の白石の一群である。平田三段は絶対にここを凌がなければならない。しかし平田三段の持ち時間はとっくにゼロになっており、かなり厳しい状況だ。
黒白ともにベストを尽くして手を進めていく。序盤と違って、「ここしかない」という正解がある場面でのZenの強さは規格外だ。Zenの打つ手に武宮正樹九段も「そこがベストですね」と深くうなずく。
そして勝負はまさかの結末へと雪崩れ込んでいった。……続きを読む