たとえばSkypeには、アカウントとパスワードの問題がある。

筆者は数年前、PCに詳しくない友人にSkypeを薦めたことがある。そのときネックになったのが、"アカウントとパスワードがないとログインできない"ということだった。ネットサービスでは当たり前の仕様だが、アカウントやパスワードを自分で考えたり、ましてやそれを記憶しておかなければいけないという行為そのものが、慣れていない人には苦痛なのだ。

もちろん、仕事などで使う必要があれば嫌々でも使うだろう。しかしコミュニケーションアプリは人生の必須ツールではない。「アカウントやパスワードを決めたり覚えたりするくらいなら最初から使わない」という選択肢を選ぶ人は存外多いのである。

しかし、多くのウェブサービス開発者の目には、おそらくその層が映っていなかったのだ。自分たちや周囲の人はSkypeを使っているから類似サービスを作るのは無駄だろう——何となくでも、そんな風に考えてしまっていたのではないだろうか(もちろん、VoIPとなると大掛かりなプロジェクトになるので資金的に難しいなどの面もあるだろうが)。

そこへきてLINEである。

面倒な設定は必要なく、アプリを落として起動すればそれでOKという、これ以上ないほどのシンプルさは、一般のスマホユーザーに広く受け入れられた。また、登録だけではなく、機能面においてもシンプルさは徹底されていた。

実はLINEは最初から無料通話機能を備えていたわけではなく、リリース直後はチャットのみのアプリだった。登録も不要、やれることもひとつだけとくれば、リテラシーが高くない層でも迷うことは何もない。

LINEの人気機能のスタンプ

リリースから4カ月後の10月、そうやってある程度のユーザーを取り込んだところで、NHN JapanはLINEに無料通話とスタンプ機能を追加し、さらに翌月からTVCMを開始する。最初からCMを打ってもよかったのではとも思うが、チャットしかない状態ではいまいちアプリのインパクトに欠ける。その意味で、CMのタイミングも絶妙なものだった。すでにLINEを始めていたユーザーのクチコミとTVCMによる相乗効果で、LINEは他のVoIPアプリをあっさりと抜き去ったのだ。

ITリテラシーの高い層ではなく、まだ浸透していない一般層を狙い撃ちにしてシェアを逆転させる——この図式は、かつて米国においてFacebookがMyspaceを抜き去ったそれとよく似ている。Facebookもまた、当時ナンバーワンのSNSだったMyspaceがまだ取り込んでいなかった大学生を主なターゲットにすることで、後の大成功に至ったのだ。

他のVoIPアプリに足りなかったもの

こうして振り返ってみると、実に華麗な逆転劇である。ではなぜ他のVoIPアプリは、日本市場でLINEに抜き去られたのだろう。