夕食の前には、本堂にて浅見住職による読経が行われた。ここで筆者らは、住職のいままでとは違う一面を見ることになる。

元サラリーマンの浅見住職。30代から僧侶に

大小の鐘と木魚を前にした住職は、それまでの穏やかな口調から一転、突如として声を張り上げて読経を始め、鐘と木魚を激しく打ち鳴らす。筆者のイメージを覆す荒々しい読経に、思わず緊張感が高まってくる。背後からは確認できなかったが、読経する間の住職は、仏国国師の風貌を物語るあのお面と同じように、鬼気迫る表情だったに違いない。

本堂にて、読経を行う住職の荒々しい声が鳴り響く

読経を終えた住職に、なぜそのような荒々しい読経をするのか聞いてみたところ、「昔から、このあたりは龍神様が住むと言い伝えられています。龍神様や周囲の山々の霊にも聞こえるように読経することが、大陽寺での歴代の教えです」とのことだった。読経の内容については、「まず本尊様へ、続いて亡くなった方々と開山様(仏国国師)へ向けてお経を読みました。その後、再び亡くなった方々に向けて読み、禅宗を始められた達磨大師様から(大陽寺の)先代の和尚様までご回向(えこう)し、最後に仏教を守護する十二社権現へご回向する、という順番で読みました」と説明していた。

大陽寺の住職、浅見宗達氏

ちなみに大陽寺の先代の住職は、現在の住職である浅見氏の祖父で、寺の歴史では初の世襲だという。浅見氏本人による法話では、意外にも僧侶になったのは30代になってからで、それまでは東京でサラリーマン生活を送っていたことが明かされた。

「大学生の頃も、社会人になってからも、ここには訪れていなかったのですが、あるとき急に、ここの空気を吸ってみたいと思って足を運びました。縁側に座り、紅葉の広がる山々の景色を見ながら感じたのは、東京とここではまったく価値観が違うということ。東京では何の不自由もなく生活していたのに、どこか満たされませんでした。一方、ここは人もいないし、便利さとは無縁の場所。ただ、物質的には豊かでなくても、これが人間の原点であるような気がして、あらためて良さが感じられたのです。東京に戻った後も、つねにここの風景が頭に浮かぶようになりました」と浅見氏。それがきっかけとなり、僧侶となって大陽寺を継ぐことになった。

半径5km以内に民家がない場所だけに、買い物に行くにも車で片道40分以上かかるなど、寺を支えていくには少なからず苦労もある様子だった。とはいえ、都会の喧騒やしがらみから離れ、大自然の中でゆったりとした時間を過ごせる魅力的な場所でもある。悩みを抱えてしまったとき、安らぎを求めているときなど、自分自身と向き合うひとときを作りたいなら、一度は大陽寺を訪れてみてもいいかもしれない。筆者はそう感じた。

朝と夜には、地元の野菜を使った創作精進料理を食べられる

経典を書き写す写経も体験。書くことに集中するのも修行になるという

なお、大陽寺では宿坊だけでなく、ヨガスクールやオーボエコンサートといったイベントも定期的に開催しているそう。「お寺といえば、多くの人がお葬式などの法事を行う場所と思われるかもしれませんが、江戸時代の頃は、寺子屋に代表されるように文化の発信地としての機能も担っていました。いまを生きる人たちを救うのも仏教の役割だと思うので、しがらみや形式にこだわらずに続けていきたいですね」と住職は語った。

「あの花」でも話題の秩父へは、西武鉄道で

今回紹介した大陽寺のほか、長瀞・秩父・三峰エリアは秩父三社(秩父神社・宝登山神社・三峯神社)といった由緒ある神社や、日本百番観音、秩父札所など、歴史的な「秩父アート」が盛り沢山。フジテレビ系で今年4~6月に放映されたアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の舞台設定のモデルが秩父だったことから、同エリアを「聖地巡礼」するファンも多いという。

長瀞・秩父・三峰エリアへは、池袋駅から西武鉄道の特急レッドアローで行くのが便利。「秩父フリーきっぷ」も発売中

西武鉄道では、長瀞・秩父・三峰エリアの観光に便利な乗車券として、「秩父フリーきっぷ」を発売している。

フリー区間は西武秩父線の芦ヶ久保~西武秩父間と、秩父鉄道の野上~三峰口間で、2日間乗り降り自由となるほか、西武線内の駅から西武秩父駅までの往復運賃も割引に。秩父鉄道のSL「パレオエクスプレス」にも乗車できる(長瀞~三峰口間のみ。整理券の料金が別途必要)。フリー区間内の一部施設や協賛店で同切符を提示することで、割引サービスも受けられるとのことだ。