池袋駅から西武鉄道 特急レッドアロー号で78分。終点の西武秩父駅を中心とする長瀞・秩父・三峰エリアは、悠久の自然や歴史、文化に育まれた遺産が豊富で、「秩父千年ミュージアム」として紹介されている。中でも注目のスポットが、奥秩父の山々に囲まれた"天空の寺"大日向山・大陽寺だ。

大陽寺の周囲は山々に囲まれ、半径5km以内には民家もないという

皇族出身の仏国国師、命を狙われ秩父の山奥へ…

大陽寺は鎌倉時代末期の1313(正和2)年、仏国国師(鬚僧大師)によって開山されたといわれる臨済宗の禅寺である。

江戸時代には山岳信仰の寺社のほとんどが女人禁制の中、女性の参拝が認められたことから、「東国の女人高野」として賑わった歴史を持つ。本堂は江戸時代に建築されたもので、現在は宿坊も兼ねており、座禅や朝夕のお勤めも体験できる。近年、お寺や神社に泊まれる宿坊が注目される中、大陽寺は「初心者におすすめの宿坊」ランキングで1位に選ばれるほどの人気だとか。

大陽寺へは西武秩父駅から車で約1時間。都心から3時間以内で行ける距離だが、寺の周囲は「秘境」と言っても過言ではない環境だった。標高800mに位置し、半径5km以内に民家もなく、携帯電話も圏外。遠い昔、「天狗が住む渓谷」とさえ言われた……、という逸話があるのもうなずける。

大陽寺の訪問当日、周囲は濃い霧に包まれていた

濃い霧の中に佇む本堂の姿は、素朴ながらもどこか神秘的で、威厳も感じられる。大陽寺の独特の雰囲気に圧倒される中、我々を迎えてくれたのは住職を務める浅見宗達氏。住職だけに、きっと真面目で厳格な人なのだろうと思っていたら、実際は非常に穏やかで、優しい雰囲気を持つ方だった。

開山堂には、天狗のように見えたという仏国国師にちなんだお面が

住職に案内され、向かったのは開山堂。中に入ってすぐ目に飛び込んだのは、長いヒゲと鋭い眼光があまりにも印象的なお面だった。「鬚僧大師」と呼ばれ、天狗にも見えたという仏国国師の風貌にちなんだもので、江戸時代になってから作られたそう。

「仏国国師様は後嵯峨天皇の第三皇子。鎌倉幕府の力が弱まり、次の政権を狙って朝廷内での争いが激しくなっていた時代にお生まれになられました。皇位継承権があるために命を狙われる立場でもあり、出家してもなお命を狙われて山奥へ逃れ、この場所で座禅を組むようになりました」と、住職は開山に至る経緯を説明した。

開山堂の屋根などに菊の御紋があり、これも仏国国師が皇族出身であることに由来しているという。この地がかつて、「天狗の住む渓谷」と恐れられたのも、断崖絶壁の山奥で黙々と座禅を組む仏国国師の姿が、まるで天狗のように見えたから、といわれている。