番組のエッセンスを瞬時に伝えるための文字
NHKのテレビ放送がスタートしたのは1953年。テレビというメディアはおよそ60年もの歴史を持っている。PCや携帯端末が登場する以前、文字情報を扱う電子メディアはテレビだけだった。とはいえ、文字情報の見せ方、つまり、タイポグラフィは、それほど重要視されてこなかった。岡部によると、見せ方に対する意識が高まってきたのは、ここ10年ほどのことだという。岡部は、豊富な実例を交えながら、手際よく解説していった。
Guest 01 岡部務(日本放送協会)
1954年静岡県生まれ。多摩美術大学デザイン科グラフィックデザイン卒業。1979 年日本放送協会(NHK)入局。現在、NHKデザインセンター・映像デザイン部チーフディレクター。「NHKワールド」のブランディングにも関わっている。現在、2011年完全デジタル化に向け、衛星放送と報道番組のブランディングを担当
「放送で文字が果たす役割は、いくつかのタイプに分けられます。具体的には、番組タイトル、番組内容、テロップ、チャンネル表示、時刻表示といったところでしょうか。たとえば、番組タイトル。これはまさに、番組のキーワードであり、コンセプトを伝える機能を持っています」
岡部は、自ら手がけた「NHKスペシャル 世紀を越えて」(1999年)と「にっぽん 家族の肖像」(2007年)の番組タイトルを比較しながら、それぞれの意味合いを説明。これらは、グラフィックで言うところのロゴに近い考え方で作成されている。ただし、グラフィックと異なるのは、それが動きをともなうと同時に、一瞬で番組のエッセンスを届けなければならないという点だ。いや、数秒単位で伝えることは、岡部が挙げた項目、すべてにあてはまる。
「たとえば、選挙速報での得票数。これは文字情報が番組内容そのものを担っている事例です。2010年の参院選でも、データシステムとリンクした最新情報が、次々に表示され、開票が進むにつれ、どんどん書き換えられていきました。極端なことを言うと、その際、重視されるのは、デザインの良し悪し以上に情報が正確に伝わるかどうかという一点なのです」
「おはよう日本」や「NHKニュース7」といった定時のニュース番組でも、映像やアナウンサーの語りを補強するかたちで、文字がインポーズされる。核になる部分を言葉で提示することによって、より明快に情報を組み立てているのだ。これは新聞や雑誌の見出しに近い方法論だろう。
NHKニュース「おはよう日本」(左)/「NHKニュース7」(中・右) |
「2010年夏には『クローズアップ現代』の文字情報のあり方をリニューアルしています。まずは、文字がしっかり見えるように、視認性の向上に努めました。また、制作部門ごとにばらばらだったデザインを統一。番組のアイデンティティを強化すると同時に、画面の右下にシンボルロゴをスーパーし続けています。併せて、右上に番組のテーマを明示することで、“この番組は何なのか”、“この番組は何をやっているのか”ということを明確化したのです」
教育番組におけるクリエイターの起用も注目を集めた。「えいごであそぼ」の佐藤可士和、「にほんごであそぼ」の佐藤卓、「ピタゴラスイッチ」の佐藤雅彦などだ。また、朝の連続テレビ小説でも、オープニングタイトルにアートディレクターを起用している。2010年9月から放送されている「てっぱん」は森本千絵がアートディレクションを担当した。
<左上>連続テレビドラマ小説 「てっぱん」(森本千絵) <右上>教育テレビ「えいごであそぼ」(佐藤可士和) <左下>教育テレビ「にほんごであそぼ」(佐藤卓) <右下>教育テレビ「ピタゴラスイッチ」(佐藤雅彦) |
岡部は、今回のレクチャーを行うにあたり、あらかじめ30分の構成台本を作成したと語っていたが、その言葉を裏づけるように、壇上での解説は、きっちり30分で終了した。テレビというメディアが持っているクロノロジカルな身体性とでも呼ぶべきリズムが血肉化されているのだろう。生粋のテレビマンらしいプレゼンテーションだった。