幕末から明治にかけて訪れた大きな時代の変化の中、御算用者として藩の会計を守り続けた一人の下級武士(堺雅人)と彼を支えた妻(仲間由紀恵)、そして家族との絆を描いた映画『武士の家計簿』。本作の監督であり、1981年の『の・ようなもの』でデビューして以来、29年にも渡って実に幅広いテーマの作品を精力的に手がけてきた森田芳光監督に話を聞いた。

1950年生まれ。東京都出身。日本大学芸術学部放送学科在学中から映画を撮り始め、『の・ようなもの』(1981年)でデビュー。1983年の『家族ゲーム』では日本アカデミー賞優秀作品賞、優秀監督賞、優秀脚本賞を受賞したほか、多くの映画賞を受賞した。主な作品に『それから』(1986年)、『(ハル)』(1997年)、『失楽園』(1998年)、『阿修羅のごとく』(2004年)などがある
撮影:野本佳子 拡大画像を見る

――まずは製作の経緯からお聞かせください。

森田「2年前、原正人プロデューサーから映画化の話を聞いたのがきっかけです。今で言う財務省というか、そういうところで働いて城の会計を司る『御算用者』という肩書きと、主人公とその家族の生活が時代によって変化していくところが時代劇としては面白い視点だなと思い、引き受けました」

――今回の映像化に際して、監督のこだわりはどの部分だったのでしょう。

森田「僕の場合、興味を持つのはやはり人間なんです。この作品で言えば、人は貧乏な時にどう対応するのか、城と家での立場はどう違うのか、夫婦関係、親子関係……そういうものに対して目がいきますよね。そして、どんな局面になっても自分を失わずに明るく生きていく人が僕は好きなんですよ。ですから、どの作品でもそれを芯として主人公を描きたいんです」

――そのこだわりが表現されている象徴的なシーンはどの場面ですか?

森田「直之(堺雅人)が自分の家が借金を抱えていることを知って、家財道具をほとんど売り払いますよね。あのシーンはあまり悲劇的にならずに、逆に楽しいくらいにした方が見てる側も気持ちがいいと思うんですよ。あそこでは、たとえ物理的にモノが無くなっても、精神的に無くならなければ、人間、大丈夫なんだ、ということを言いたいんです。そういった前向きさを表現するところに、僕が映画を撮る意味があると思いますから」

『武士の家計簿』
歴史教養書「『賀藩御算用者』の幕末維新」を原作とした時代劇映画。実在した武士の家計簿に基づき、刀ではなく"そろばん"で生き抜いた御用算者(経理係)の武士・猪山直之(堺)とその家族が、苦しい家計をやりくりしながら生活していく姿を描いた家族ドラマだ
12月4日(土)より全国公開

――時代劇ということで、いつ主人公が刀を抜くのか待ち構えてましたが、結局、最後までその機会はありませんでした。

森田「直之は弱いですからね~(笑)。でも、だからこそ面白いですよね。時代劇というと必ず強い人が出てきて暴れ回るけど、僕は『椿三十郎』(2007年)という典型的なものを撮っているので、違う視点が欲しかったというのはあるかもしれない。その意味で『武士の家計簿』はコロンブスの卵的な作品と言えるでしょうね」

――主人公の直之を演じた堺雅人さん、その妻・駒役の仲間由紀恵さんに監督からはどんな演技指導をされましたか?

森田「堺さんって、ニュートラルな表情が上手いじゃないですか。ただ、厳しい場面では厳しく、表情にバリエーションをつけるようにお願いしました。仲間くんは女優としてトリッキーな役どころは確立しているんだけど、意外とノーマルな役のイメージが固まっていない印象があったので、それを出したかった。彼女は見事に応えてくれましたね」……続きを読む