さて、この日のメインはiTunes 10。より正確には同メジャーバージョンアップで追加された音楽ソーシャルネットワーク「Ping」だった。好きなアーティストや、そのファン、友だちなどをフォローし、また自分の音楽関連のアクティビティも公開できる。音楽でつながることで、新しい音楽と出会えるチャンスが広がり、また最新の音楽情報に触れられる。口コミ効果も大きい。
Jobs氏がPingを「FacebookやTwitterがiTunesに組み込まれたようなもの」と説明したときに、会場から「いまさらソーシャルネットワーキング!?」という反応が返ってきた。FacebookやTwitterがすでに存在するし、音楽分野に限ってはMySpaceも健闘している。これ以上のソーシャルネットワークは必要ないという雰囲気だ。
だが音楽専門のソーシャルネットワーク提供ならば、Appleはこれまでにないサービスを提供できるユニークな立場にある。いまiTunesユーザーは、iTunesライブラリに数多くの音楽を収めている。iTunesで音楽を聴く、iTunes Storeから音楽を買うなどのユーザのアクティビティをソーシャルネットワークに深く反映できるのはAppleの強みである。
またソーシャルネットワークを活用する上で、近年モバイルデバイスの役割が重要になってきている。たとえば写真を撮影して、その場でポストする、GPS機能を使って写真にジオタグを付けるなど、モバイルデバイスによってSNSとより便利につき合えるようになり、情報の伝播力も高まっている。AppleはiPhone/ iPod touch/ iPadという人気の高いモバイルデバイスを提供している。これも強みだ。
さらにMacがあり、SafariというHTML5サポートに優れたWebブラウザを提供し、ユーザーのアクティビティに対して商品を提示できるオンラインストア(iTunes Store)も持っている。SNSはほとんどがクローズドなサービスであり、サービスのコントロールがユーザーの利用体験を左右する。こと音楽に関してAppleは、コンテンツからソフトウエア/ ハードウエア、ビジネス機会までくまなく揃えており、他のどのようなソーシャルネットワークよりも広範かつ完璧にサービスをコントロールできる。
2001年に登場したiTunesとiPodが、なぜ成功できたのか? その理由はiTunesのロゴに記されている。CDだ。当時、音楽好きなら誰でも山のようにCDを所有していた。それらをパソコンに取り込んで、自在に管理し、簡単にポータブルプレイヤーへ転送できる仕組みをAppleは用意した。もしCDからの取り込みがご法度で、DRM付きのデジタル音楽を購入するしかなかったらiTunes/ iPodは成功しなかっただろう。すでにユーザーの手元に存在した膨大なコンテンツ(=CD)が金脈だった。同様にいま1億6000万人のiTunesユーザーと、そのライブラリは、iTunesが今後も音楽ファンを引きつけていくための金脈になる。
AppleはiTunes 10で、iTunesのロゴを変更し、これまでのCDをやめて音符を採用した。Jobs氏は、来年の春頃に米国においてiTunesの売上げがCDを上回る見通しだからと説明したが、これはCDを買ってパソコンに音楽を取り込む時代が落日に近づいていることを意味する。音楽は最初からネット上で提供され、これまでCDショップの顧客だったユーザーを含めて音楽ファンをネット上でどのように引き込むかが、これからのオンライン音楽ストアの課題になる。今やいくつものオンライン音楽ストアがDRMフリーの音楽を販売している。どこから買うかはユーザー次第。そこでユーザーが自分の好みの音楽を効率的に見つけられるのはiTunesという環境を、AppleはPingで実現しようとしている。