字游工房を率いる鳥海修は、斯界では名の知られたタイプフェイスデザイナーだ。一般ユーザーにも認知されている仕事としては、Mac OS Xに標準搭載されているフォント・ヒラギノシリーズの開発がある。また「藤沢周平が読める書体がない」ということから開発が始まったフォント・游書体シリーズも、多くのエディトリアルデザイナーから支持を集めている。オンスクリーンメディアのデバイスフォントと、書籍用(紙媒体)の本文書体。この両者を手がけているという点では、稀有な存在と言える。

Guest 01 鳥海修

字游工房・代表。写研を経て1989年、字游工房設立に参加。大日本スクリーン製造より販売されているヒラギノフォントやこぶりなゴシック、游築シリーズのデザインを手がける。2002年には初の自社販売フォントとして、游明朝体 Rをリリース。以降、游築初号ゴシックかな、游築見出し明朝体、游築初号かな、游教科書体M、游勘亭流等を発表している。洗練された、やさしい佇まいの文字は、デザイナーからの支持も厚い。
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文字のデザインに、ようやくテクノロジーが追いついてきた

「原さんは『オンスクリーンにおける日本のタイポグラフィはなぜ品質が低いのか』と発言なさったとのことですが(笑)、なぜそういうことになるのかを、自分なりに整理してみました。その理由は、おそらく3つに集約されるのではないでしょうか。つまり、画面のレイアウトが未成熟。組版ルールが定まっていない。書体そのものが美しくない。『品質が低い』と感じる場合、このいずれかのケースに相当すると思います」(鳥海)

2009年から2010年にかけて、ユニバーサルデザイン対応のヒラギノフォント・ヒラギノUDフォントがリリースされた。方向性は「画面上で、ほどよい強さで、きちんと読めるものを」。そのため、オリジナルの書体を89%に縮小。あえて小さくした。

「何を持って『読みやすい』というのか。これはなかなか難しい問題で、簡単に答えが見つかるものではありません。ヒラギノUDフォントでは、あえて書体のボディを小さめにすることで、文字間に『空き』ができるよう設計しています。とくに漢字同士が並ぶ場合は、さらに読みやすくなったと自負しています。また『読みやすさ』や『美しさ』というものに対する、ひとつの答えを提示できたかなとも思っています」(鳥海)

字游工房がデザインを担当したヒラギノ角ゴシック(左)と、ヒラギノUD角ゴシック(右)。多くUDフォントが字面を大きくする中、ヒラギノUDフォントでは、字面を小さくすることによって読みやすさを実現している。書体デザイナーが考える「読みやすいとはなにか」。その違いが、書体デザインのアプローチにも表れている

鳥海のプレゼンテーションでは、同じ文章を、ヒラギノUDフォント含め、各メーカーがリリースしているUDフォントで表示。それぞれの「見え方」を比較し、「読みやすさ」というものが、けっしてひとつではないことを検証した。

「たしかに、読みやすさは大事でしょう。しかし、それ以前に、文字は美しくなければならない。そうも思っています。読みやすさだけに囚われてしまうと、『言葉』とは異なる次元で、文字がデザインされてしまうことになります」(鳥海) 字游工房が開発した游ゴシックは、写研の石井ゴシックのような風合いをもったゴシック体を目指して設計されたものだ。そもそも、游書体シリーズ自体、紙媒体を想定して制作されたものだが、それは文字の歴史、言葉の歴史を次代に受け継ぎたいという意志の現れでもあった。

「漢字のデザイン要素」「かなのデザイン要素」として、フトコロやエレメント、字面の大きさによりどのように印象が異なるかを解説。図はかなのエレメント比較。単純なエレメントほど機械的/静的/情緒がない(左)、複雑なエレメントほど人間的/動的/情緒がある(右)、とした

「字游工房を設立した鈴木勉は、かつてこんなことを言っていました。『テクノロジーに文字を合わせるのではなく、文字にテクノロジーが合わせてほしい』と。面白いことに、iPadの解像度は、印刷物に匹敵するレベルになっている。つまり、書体設計において、オンスクリーンメディアということを、いちいち考えなくてもいい、ということでもある。言い換えると、『普通の文字』を『きれい』に表示できる環境が整ってきた。そういうふうに捉えています」(鳥海)