いよいよ熊野のウォーキングへ出発

熊野本宮大社にほど近い川湯温泉に宿泊し、翌朝、発心門(ほっしんもん)王子へ向かった。発心門王子も「五体王子」のひとつで、ここから本宮大社までは6.9キロで、高低差は約200メートル。途中、昼食を取り、およそ4時間かけてゆっくりと歩く。古道の解説をしてくれる語り部の大玉さんと、ふたりの運動インストラクターがつき、20名ほどのグループでのウォーキングとなった。

発心門の社の前で説明をする語り部の大玉さん。古道歩きの楽しみは、語り部抜きでは半減してしまう

簡単なストレッチを行った後、大玉さんの解説を聞く。発心とは、仏の道に帰依するという意味で、かつてはここに大鳥居があり、これをくぐることで神仏に近づく決意をしたという。かたわらには、鎌倉時代初期、後鳥羽上皇に従ってきた藤原定家が本宮大社へと向かう心境を詠んだ歌の碑が立っていた。

今回は比較的に楽なコースで、中辺路では初心者向けといえる。小さな子どものいる家族でも参加することがあるとのことだった。熊野古道を歩く、というと、すべて険しい山道のようなイメージを抱いていたが、しばらくは舗装された普通の生活道路が続いた。道端には500メートルごとに番号の書かれた柱が立てられていて、距離の目安となっている。手渡された地図帳は細かなポイント解説もあり使いやすい。トイレや休憩所もきれいでよく整備されていた。

休憩所とトイレの建物。ポイントごとに設置されているので安心だ

懐かしい日本の田舎道をのんびりと

農家の間の道をゆっくりと歩く。庭先には、大きなしいたけが栽培用の短い木材に実っていたり、ミツバチを飼育していたり……と、田舎の豊かでのどかな暮らしぶりが垣間見える。水が溜まったハスの畑には、早くもおたまじゃくしが泳いでいた。よく見ると、小さな小さなメダカもいる。子どもの頃の情景や童謡の世界が思い出された。

村の道を歩くだけでも、さまざまな発見があっておもしろい。誰もが懐かしさを感じるはず

このあたりは茶畑も多い。さほど広くはないものの、かえってそれが身近に感じられた。近くを流れる音無川から、音無茶と呼ばれるという。道端にはところどころ屋根のついた小さな棚があって、梅干やお茶、漬物などが無人販売されていた。手のひらにのせるとたっぷりとした重量感のある高菜漬がひと袋100円など、その安さに驚く。この地方では、白ご飯を高菜漬で包んだおにぎり「めはり寿司」が名物だが、おそらくそれに使うものだろう。

音無茶の畑。山村なので小ぢんまりとしている畑が多いが、それがまた魅力となっている

村を抜けて杉林の中へ。山道とはまた違った雰囲気が楽しめる

村はいたって普通の田舎の景色で、古道歩きのための道しるべやお地蔵さんがときどき立っている以外は、観光地を感じさせるものは何も見当たらない。いつも通りの生活が営まれていて、そこにちょっとおじゃまをしているわけだが、旅行者を大げさに迎えるわけでもなく、拒むわけでもなく、村はただあるがままの姿を見せているだけだ。だが、それがなんとも心地好い。「これが日本なんだ」。そう思いながら、あたたかな陽射しの中を歩き続けた。

小さい赤い実をつけたヤブコウジ。緑の中で赤がひと際目立っていた

長くつらい道のりを歩いてきた中世の人々は、お地蔵さんに何を願ったのだろう