和歌山県の熊野地方は、古来から「黄泉(よみ)の国」と呼ばれ、霊場を詣でることで「黄泉がえり(=蘇生)」がもたらされると信じられてきた。熊野古道と呼ばれる参詣道は、2004年に世界遺産に登録され、話題にもなった。登録名は「紀伊山地の霊場と参詣道」。その範囲は和歌山県、三重県、奈良県にまたがる。
今、この熊野古道のウォーキングが旅行ツアーとして人気を呼んでいる。短いコースから2、3日かけて歩く本格的なものまで、その内容はさまざまだ。日本の原風景ともいうべき村を巡り、こころが落ち着く清々しい深い森の中を歩く。昔の貴族も歩いたと伝えられる歴史が刻まれた古道は、素朴さと荘厳さが同時に感じられる、不思議でどこか懐かしい世界だ。
羽田から1時間ほどで別世界に到着
熊野の玄関口である南紀白浜空港へは、羽田から約1時間。空港は夏に海水浴客が押し寄せる白良浜のすぐ近くにある。ここから熊野の聖域の入口までは、車で30分ほど。予想よりかなり短い時間で「黄泉の国」へと到着できる。
熊野古道とひと口に言っても、そのルートはいくつかある。熊野本宮大社、熊野速玉(はやたま)大社、熊野那智大社の熊野三山に詣でる道や、霊場高野山を結ぶ道もある。かつては京の都から淀川を下り、現在の大阪、和歌山の海岸沿いの参詣道を歩いてきた人々は、南紀白浜空港に近い田辺(たなべ)市から内陸へと向かった。この古道は中辺路(なかへち)と呼ばれ、熊野本宮大社へとつながっている。
ぜひ立ち寄りたい「とがの木茶屋」
今回、実際に歩いたのは熊野本宮大社へいたる最後の約7キロの行程だが、熊野三山の聖域に入る「滝尻(たきじり)王子」に途中立ち寄った。王子とは、熊野三山の御子神(みこがみ)のことで、それらを祀る社が古道沿いに建てられた。「熊野九十九王子」と呼ばれるほど数多くの王子があるが、中でも格式の高い王子は「五体王子」と称されている。滝尻王子は五体王子のひとつだ。
川沿いの滝尻王子から本宮大社までは約38キロ。中世には宿所が置かれ、宗教儀式などが盛大に行われていたとされるが、現在はひっそりとした雰囲気だった。ここからさらに20分ほど車で奥へ進み「継桜(つぎざくら)王子」を訪ねる。ここの見どころは、「野中の一方杉」という樹齢推定800年の巨木群。幹まわりが8メートルという巨大な杉もある。すべての枝が南の方角の那智山を指していることから一方杉の名前がついたという。
このすぐ近くにある「とがの木茶屋」も必ず訪ねたい場所だ。昔ながらの民家の縁側に座ると、雲がたなびく山並みが目の前に広がっている。春には庭の桜が咲き、1年で最も贅沢な景色が眺められるが、小雨の冬景色もまた一興だと思った。女将・玉置こまゑさん手づくりの団子を食べながら、幸せなひとときが過ごせた。