栗林隆(日本)の「ザンプランド」。作家が提示しているのはふたつの世界にある「境界面」。壁裏、天井裏といった空間に居空間を挿入し、「境界」をテーマとした作品を作り続けているという。アザラシが覗き見る天井裏を実際に筆者も覗き込んだ。どんな世界が広がっていたかは秘密!

同美術館の特徴として、体験型の作品が多い。そのため来館者は足を止め、実際にトマス・サラセーノ(アルゼンチン)の「オン・クラウズ(エア-ポート-シティ)」では幾何学的に並んだ透明な球体群の中に身体を入れて内部から眺めてみたり、アナ・ラウラ・アラエズ(スペイン)の「光の橋」ではネオンで照らされた六角形のトンネルを何度も往復して作品を理解しようとしていた。栗林隆(日本)の「ザンプランド」は、アザラシが覗き見ている天井裏をさらに覗く「境界」をテーマにした作品。何があったかは秘密だが、天井裏には普通ないだろう世界が広がっている上に、天井裏を盗み見している者同士、アザラシと目が合う瞬間が特に面白いので、是非試してほしい。

オノ・ヨーコ(日本)の「念願の木 三途の川 平和の鐘」も実際に来館者が願い事を短冊に書いて「念願の木」に吊るし、大覚寺から寄贈されたという鐘を用いた「平和の鐘」を鳴らすことができる。「念願の木」には青森県らしくリンゴの木が用いられ、筆者が訪れた時にはちょうど花を咲かせていた。また、休憩スペースの外壁もポール・モリソン(イギリス)によってリンゴの木をモチーフに描かれている。常設のアート作品すべてが同美術館のためだけに制作されているだけに、各作品から作家による十和田市の都市や自然、住んでいる人々への想いを感じ取ることも鑑賞のポイントの1つである。

トマス・サラセーノ(アルゼンチン)の「オン・クラウズ(エア-ポート-シティ)」。大学で建築を専攻した作者が、空に対する憧れや空中に漂っていたいという夢を作品を通して表現したという。空気、水、光、熱といった不定形の素材と幾何学的構造を使って、形を導き出している

アナ・ラウラ・アラエズ(スペイン)の「光の橋」。階段を上がり、ネオンで照らされた六角形のトンネルへ入っていく。光と音とガラスでできた空間そのものを五感で体感する作品。形状は脊柱がモチーフになっており、身体性が強く意識されているという。心地よい静かなサウンドと光に包まれるうちに、スピリチュアルな瞑想の世界へ?! photo by Mami Iwasaki

何度も通っていた男の子はどんな風にアートを感じていたのかな?!

オノ・ヨーコ(日本)の「念願の木 三途の川 平和の鐘」。「念願の木」は1996年から各地で行ってきた平和を祈願するプロジェクトで、観客が自分の願いごとを白い短冊に書き、木に吊るしていくという参加型の作品。その木は、青森の地域性も考慮したりんごの木。中庭全体を使ったインスタレーションにはさらに玉石を川に見立てた「三途の川」や大覚寺から寄贈された鐘を用いた「平和の鐘」が展示されている。小さな男の子も鐘を鳴らしてアートの一部に?!

休憩スペースの外壁を描いたポール・モリソン(イギリス)の「オクリア」。青森を象徴し、神話にも登場するリンゴの木をモチーフにした白黒の絵。あえて色を使わないのは、観る人それぞれに自由に色を想像してほしいからだという。Courtesy of Alison Jacques Gallery, London

高さ9mの吹き抜け空間の無料休憩スペースには、マイケル・リン(台湾)が絨毯のように足下に広がる絵画作品を展開。十和田市の伝統工芸である南部裂織から着想を得て、日本の織物の様々な花模様で絵柄を構成したという。壁との間に少し隙間をつくることで、作品が敷物であるかのように見えるよう工夫もされているという

様々な現代アートに触れて、約2時間はあっという間に過ぎていた。案内してくれた館長補佐の中野渡一耕さんは「現代アートは親しみにくいとされているが、(十和田市でも)アートの層が広がっていけば嬉しい。(同美術館は)設計でも表現されているように『つながり』がコンセプトなので、人と人がつながっていく場にもしていきたい」と話していた。

スゥ・ドーホー(韓国)の「コーズ・アンド・エフェクト」。赤、オレンジ、そして透明のグラデーションが美しいこの作品は、2万5000体ほどの樹脂製の人型彫刻が肩車をするように、天井から放射状に吊り下げられている。シャンデリアのように輝く華やかさを感じさせる一方で、輪廻転生的な考えをモチーフに作られたという

マリール・ノイデッカー(ドイツ)の「闇というもの」。林立する木々の間から光が差し込む幻想的な風景画広がる作品。実際に森で樹木をかたどって制作したジオラマは本当に森に迷い込んだのかと錯覚するほどのリアルさがあり、壮大な自然を目の当たりにした際に人が抱く畏怖の念を喚起するという。タイトルはシェイクスピアの文章から取られたフレーズだ。Courtesy Galerie Barbara Thumm and the artist、photo by Mami Iwasaki

キム・チャンギョム(韓国)の「メモリー・イン・ザ・ミラー」。壁に鏡や家具が取りつけられ、水槽の置かれた薄暗い室内に、ありふれた日常の風景が次々に映し出されていく。鏡の中に現れる風景や人物、水槽の魚は実際に存在するように見えるが、全て時間の経過とともに闇の中に消え、それらは光の幻影が作り出したものに過ぎないと気づかされる。実像と虚像が錯綜し、見る者に存在の不確かさを感じさせる。photo by Mami Iwasaki

ボッレ・セートレ(ノルウェー)の「無題/デッド・スノー・ワールド・システム」。自動ドアがすっと開くと、白いトーンで構成された空間が現れ、正面にはヤギのような幻獣が佇んでいる。中に入ると扉は閉まり、作品の世界に引き込まれる。宇宙船のような部屋には、盛り上がったアクリルのオブジェが壁にはめられ、ミラーボールが床にめりこんでいる。まるでSF映画のワンシーンに迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える作品だ。photo by Mami Iwasaki

ジェニファー・スタインカンプ(アメリカ)の「ラプンツェル」。グリム童話の「ラプツェル(髪長姫)」からインスパイアされたビデオアニメーション。童話に登場するおぞましくも美しい花をモチーフとしたコンピュータグラフィックスは意思を持ったように、自然ではありえない激しい動きをし、観る人に様々なストーリーを想像させる。courtesy ACME, Los Angeles、photo by Mami Iwasaki

まだ鑑賞すべき作品が残っている。それは日没から21時まで行われる美術館のライトアップだ。高橋匡太(日本)が「いろとりどりのかけら」と題して、光のアートを繰り広げるというのだ。ホテルに一旦戻り、19時ごろに再び美術館を訪れると、昼間からの様変わりにびっくり。各壁面に直接照射された色とりどりの光は時間とともに変化し、幻想的で美しい世界を作り出している。十和田の新たな夜景のスポットとなったこの作品は、四季折々、イベントごとに色の変化が楽しめるという。

高橋匡太が「いろとりどりのかけら」。日没から21時まで美術館の壁面を色とりどりの照明で照らして作り出す光のアート。ウォーキング中の夫婦や、車を停止して釘付けになる人など、幻想的な世界に酔いしれていた

展示室が作品ごとに独立している造りによって、展示室を出て現実に戻っては、また新鮮な気持ちで次の作品に向かい合えた気がした。同美術館でしか出会うことのできない唯一の作品を見ることができたことも貴重だった。

現在、7月6日までは開館記念の企画展としてオノ・ヨーコの「入り口」も開催されている。観覧料が常設展とは別に必要で一般400円、高校生以下は無料。 開館時間は9:00~17:00(入館は16:30まで)。休憩スペースは9:00~21:00。休館日は月曜日(月曜日が祝日の時はその翌日)。常設展の入館料は、一般500円、高校生以下は無料(企画展やイベントにより別途料金が掛かる場合もある)

十和田市現代美術館の常設展示作品一覧

アーティスト 出身 作品
トマス・サラセーノ アルゼンチン オン・クラウズ(エア・ポート・シティ)
アナ・ラウラ・アラエズ スペイン 光の橋
栗林 隆 日本 ザンプランド
スゥ・ドーホー 韓国 コーズ・アンド・エフェクト
マイケル・リン 台湾 無題
ジム・ランビー イギリス ゾボップ
ロン・ミュエク オーストラリア スタンディング・ウーマン
マリール・ノイデッカー ドイツ 闇というもの
ボッレ・セートレ ノルウェー 無題/デッド・スノー・ワールド・システム
キム・チャンギョム 韓国 メモリー・イン・ザ・ミラー
ハンス・オプ・デ・ビーク ベルギー ロケーション(5)
ジェニファー・スタインカンプ アメリカ ラプンツェル
オノ・ヨーコ 日本 念願の木 三途の川 平和の鐘
森北 伸 日本 フライングマン・アンド・ハンター
山本 修路 日本 松 其ノ三十二
山極 満博 日本 あっちとこっちとそっち
ポール・モリソン イギリス オクリア
椿 昇 日本 アッタ
チェ・ジョンファ 韓国 フラワー・ホース
高橋 匡太 日本 いろとりどりのかけら
フェデリコ・エレーロ コスタリカ ウォール・ペインティング
フェデリコ・エレーロ コスタリカ ミラー