私は仏像が好きで、仏像の本を出したり、カルチャースクールで仏像や江戸の史跡めぐりの講師をしたりしている。また、マイコミジャーナルでも「女巡礼一人旅! 仏像好きが行く四国八十八カ所」の連載を執筆中だ。当然、奈良の「薬師寺」には何度か行ったことはあるが、その薬師寺の別院が東京・五反田にあることを最近知った。今回はマイコミジャーナルの担当編集者から「薬師寺東京別院で、お写経を体験してみませんか?」と言われ、前から一度やってみたいと思っていたお写経にチャレンジしてみた。

玄奘三蔵に縁のある寺・薬師寺

薬師寺東京別院は五反田駅から徒歩5分程度の閑静な住宅街にある。一見しただけではお寺には見えない住宅のような外観をしている。というのも、このお寺は宮尾登美子著「伽羅の香」の主人公香道家の山本霞月さんのお宅。生前より霞月さんとご縁のある薬師寺へ自邸を遺贈されたそうだ。

靴を脱いで2階にあがると、お部屋へ通された。お菓子の落雁(らくがん)とお抹茶を振る舞ってくださった。落雁は砂糖と吉野の本葛のみで出来ている「飛天」というお菓子で、国宝でもある薬師寺の東塔にある水煙の天人をモチーフにしているそうだ。水煙とは、塔の最上部に付けられる火焔形の装飾物で、天人をかたどっているのはめずらしいのだそうだ。

落雁「飛天」とお抹茶

写経を始める前に、まずは薬師寺東京別院の職員の方より薬師寺についてお話を伺った。薬師寺は檀家がいないお寺。つまり、お墓がないお寺だと言える。当然、お葬式に携らない。もし薬師寺のお坊さんが亡くなった場合は、他のお寺からお坊さんにお越し頂き、お葬式をしていただくそうだ。では、通常どんなことをしているかと言うと、お写経や法話など仏教の正しい教えを広める活動や、日本の伝統行事の復興と香道・茶道・華道などの伝統文化の普及に努めているそう。

「奈良薬師寺の仏像は白鳳時代のもので国宝となっております。本尊のお薬師さまは病気を治すお医者さまで、両脇にいらっしゃる日光菩薩は日勤のナース、月光菩薩は夜勤のナースとお考えいただけると分かりやすいですよね」と本当にわかりやすく説明をしてくれた。そう言えば、薬師寺に来ていた修学旅行生もこの説明を聞いて大ウケしていたのを思い出した。

薬師寺東京別院のお薬師さま(木彫・鎌倉時代)

また、飛鳥時代の法隆寺の仏像は厚着をしているが、薬師寺の仏像は白鳳時代のもので玄奘三蔵がインドにいって仏教を学んできて伝えたものなので仏像も薄着になっているという。薬師如来の台座には、一番上にはギリシアの葡萄唐草文様、その下はペルシャの蓮華紋、その下はインドの力神、その下に中国の四方四神などシルクロードの国々が表わされている。

薬師寺は、法相宗の大本山。その法相宗の始祖とされるのが、西遊記でよく知られる玄奘三蔵(三蔵法師)、お写経する「般若心経」は玄奘三蔵がインドから持ち帰り、インドの言葉を漢字に置き換えたもの。本当は600巻から成るお経を凝縮し、表題を入れて275文字にしたものをお写経するという。つまり、「お経の中のお経」なのである。お経を書き写す紙は、普通の紙だと虫に食われたり変色したりと長持ちはしないのだが、同寺のお写経の紙は、特別に天平時代の和紙を漉いてもらっているので、なんと1000年以上も長持ちするという。薬師寺東京別院でお写経されたものも、奈良・薬師寺の本堂等に永代供養される。日本でのお写経は薬師寺の発願者である天武天皇が1300年前に、写経処をもうけて、お坊さんにお経を写させたと記録に残っているそうだ。

「そもそも、般若心経にはどういうことが書かれているんですか? 」
と質問してみた。

「私はお坊さんではないので、詳しいことは諸先生方に聞いていただくのがいいと思うのですが、般若心経に書かれていることは様々な解釈の仕方があります。中でも、一番多く出てくる文字が、『無』と『空』なんです。『色即是空』の『色』は目に見えるものの世界。『空(くう)』は目に見えない心の世界を表わし、心で思っていること、実際に行うことが一致することを表わしている。故・高田好胤管長(管長=宗派のトップ)がよくおっしゃっていたのは、『かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心』すなわち般若心経の"空の心"ということでした。西洋の哲学は自我の発見ですが、インドを含めた東洋の哲学は、無我の境地なんですよね。般若心経はそうした無我の境地を極めるものなのではないでしょうか」。般若心経に書かれている事は、とても深そうである。