走行感覚はタイトだ。1本のラインをきれいにトレースしていく。走行に少しの空間しか必要としない感覚、とでもいえばいいのだろうか、左右上下のムダな動きが少ない。たとえは良くないが、狭い場所でのすり抜けも自信をもってできる感覚といえばわかるだろうか。ライダーの操作に対して不要な振る舞いをせず、正しく反応している。結果として、素晴らしく安心したライディングが可能になる。
これはF800STをワインディングへ持ち込むと一層明確になる。コーナーがまったく恐くない。安心して入って行ける。結果として楽しいのだ。この安心感は、倒し込んでいくときの適度な抵抗感と、情報のフィードバックによるものだろう。たとえばレーサーレプリカのようなバイクだと、得てして攻めきれないストレスを感じるもの。それは公道であるための限界の低さだとか、乗り手の習熟が足りないためなどいろいろあるが、F800STはそういった感覚とは無縁でいられる。最初のコーナーから自信をもって入って行ける。
リーンそのものは速くはない。むしろ穏やかだ。かといってF800STの限界が低いわけではない。サーキットに持ち込めば別だろうが、公道で、なおかつとんでもなく長い直線でもなければ、YZF-R1にでもついて行けるはずだ。
ブレーキもよく効き、コントローラブル。握力よりもストロークで制動する、欧州車によくあるタイプ。リヤブレーキもいい。高い速度でも安心してブレーキが掛けられる。試乗したモデルはABSを装備していたが、ABS作動時の振動もほとんど気にならないレベルだ。
強いてあげるなら、ワインディングではトルク特性がフラット過ぎ、タコメーターを見なければならないのが気になった。もちろん排気音や振動などでだいたいのシフトタイミングは分かるのだが、平気でレッドゾーンに入るエンジン特性が気になって、しばしコーナーの立ち上がりでメーターを確認することになった。自分のバイクにするなら、手を入れてエンジン特性に少しメリハリをつけたいと思った。
ひとつ期待を裏切られたことがあるとすれば、F800STはツーリングバイクではなく、スポーツバイクだったこと。スポーツバイクとして考えれば最初に気になったポジションも納得できてしまう。キツめのヒザの曲がりも、ワインディングを走っている間はちょうどいい具合だった。F800SとF800STに多少の装備の違いはあっても、キャラクターはほぼ同じのようだ。紛うことなきスポーツバイクである。
オトナのためのバイク、その1
結論を言えば、BMW F800STは『オトナのためのハンドリングマシン』だった。安心してワインディングを走ることができ、楽しい。特にその安心のハンドリングは一度試してみる価値がある。40代以上で楽しく走りたいと考えているなら、まずベストの選択ではないだろうか。F800STを借り出すときにBMWの担当氏は、「リターンライダーに最適なバイクですよ」と言っていた。これはまったくもって正しいと思う。
ハンドリングの安心感は、何もワインディングだけの話ではない。郊外の国道でも、家の近所の交差点を曲がるときも常に感じられる。F800STはどんなシーンでも変わらない乗りやすさを提供してくれる。
穿った見方をすれば、F800STはライダーを信用していないのかもしれない。たとえばドゥカティを走らせていると、"ここまではやってあげるけど、これ以上はあんた(ライダー)次第だよ、あとは知らないよ"というイタリアンらしいメッセージを伝えてくる。しかしF800STは、過保護なほどライダーに応え続ける。どっちがいいというわけではない。それだけの思想を込めているのはたいしたものだと思う。
最初はオトナのバイクとして絶対的なものを1台選ぶつもりだった。しかしF800に乗ってみて、いろいろなタイプのオトナ向けバイクがあるはずだと、考えを改めた。オトナのバイク探しはまだとうぶん続きそうだ。